テストも終わり、追試もなく(この私にかぎって追試などありえないが)無事に夏休みを迎えることができた私は、
実家に帰ることもなく、同じく実家に帰らず学園に残っている雷蔵と部屋でごろごろとしていた。
雷蔵も私も真夏の炎天下の中外へ飛び出す気分ではなかったのだ。
「それにしてもあっちーな」
「そーだねー」
私の問いかけに、雷蔵は本を読みながらそっけなく答える。
外で元気よくミンミン鳴いている蝉の声をうっとおしいなぁ、と思っていると、部屋の戸ががらっと開いた。
「雷蔵ー!三郎ー!出かけるぞー!」
元気よく現れたのは虫かごと虫取り網を持ったハチと、同じく虫取り網を持った兵助だった。
なんだか嫌な予感がする。
「出かけるって、何処にだよ・・・。まさかとは思うが・・・昆虫採集とかじゃ」
「おー!よくわかったな三郎!ほら、お前らの分も持ってきたぞ」
夏のまぶしい太陽に負けないくらいの笑顔で、ハチは私たちにほい、と虫取り網を押し付けてきた。
拒否権というものはないのか。強制かこの野郎。
「おいおい、待て。なんで昆虫採集なんか行かなきゃならないんだ」
「何を言ってるんだ三郎!」
私が文句を言うと、ハチはぐっと拳を握り締めて語り始めた。
「夏といえば山!山といえば虫!虫といえば昆虫採集だろ!」
「山といえばキャンプとかじゃないのか!?お前の思考回路は虫しかないのか!?」
虫取り網を思いっきり床に叩きつけ、ぼーっと成り行きを見守っている兵助に掴みかかる。
ええい、まずは味方を作るんだ三郎!
「なあ、兵助!お前も虫取りなんて嫌だよな?!」
こいつは年がら年中豆腐のことにしか関心がない。そんな奴が昆虫採集なんかに付き合うわけがない。
そう確信して兵助に問い詰めるが、私の期待はあっさりと裏切られた。
「俺は別にいい。昆虫採集に行ったらハチが豆腐おごってくれるから」
既に回収済みかよ!悔しがる俺を横目に、ハチはにしし、と笑っていた。
普段は作戦なんて穴だらけのくせに、虫が絡むとなんて用意周到になるんだこいつは・・・!
おそるべしハチ!しかしまだ最後の砦が残っているぞハチ。私は全ての希望を込めて雷蔵を見た。
雷蔵ならきっとわかってくれる。だって私たちは双忍なんだから。
「三郎・・・」
「雷蔵・・・」
雷蔵はにっこりと微笑んで、私が床に叩きつけた虫取り網を拾った。
「暇だったし、昆虫採集なんて久しぶりで面白そうだから行こうよ」
大好きな雷蔵の言葉を断れるはずもなく、私はしぶしぶ雷蔵から虫取り網を受け取った。
こうして私たちは意気揚々と歩くハチの後ろをついて、山へ昆虫採集しに行くことになったのだ。



ハチいわく絶好の虫取り場所に連れてこられた私たちは、さっそく虫取りをすることになった。
雷蔵に「一緒に取りに行こう」と誘われたので、雷蔵と一緒に草木をかきわけ、深い森の中を虫網とさっきハチに強制的に持たされた虫かご片手に歩き回る。
他の面子はというと、ハチは山に入った途端興奮して走り出していなくなってしまい、兵助はその場を一歩も動かず、飛んできた虫を器用に虫網に引っ掛けて捕まえていた。
やる気がなさそうに見える行為であるが、本人はなんとなく楽しそうに見えるので、きっと兵助なりに楽しんでいるのだろう。
そう判断したので邪魔するのも悪いから兵助の好きにさせておいた。
雷蔵もさっきから虫を見つけては取りに走るなど虫取りに夢中であった。
しかし虫あみを大きく振り回したり、草をがさがさ掻き分け進むものだから、敏感な虫たちを捕らえることはできず、虫籠はからっぽであった。
私はというと虫が逃げるたびにがっかりする雷蔵を見るたびに可愛いなぁ、とにやにやしながら見ていた。
正直虫より雷蔵を見ているほうが目の保養になる。
そんなことを考えながら虫と格闘する雷蔵を見ていると、ちょいちょいと服の裾を引っ張られた。
「ねぇねぇ三郎、あれってカブトムシじゃない?」
雷蔵が指差した木を見れば、確かにそこにカブトムシがいた。しかもかなりでかいのが。
ハチが見たら大興奮しそうだ。雷蔵もかなりの大物に興奮を隠せないようだった。
そんな風に純粋に楽しむ雷蔵を見ていると、さっきまで憎たらしいとしか思わなかった虫が可愛く見えてきて、私まで楽しくなってきた。
「よし!今度は逃がさないぞ」
嬉々として虫網を構えて飛び出そうとする雷蔵の肩を、私はがっしり掴んで引き戻した。
「雷蔵、そんなんじゃ逃げ出してしまう。ここは私に任せろ」
さっきまで放り投げていた虫網を持ち、ゆっくりゆっくりカブトムシに近づいていく。雷蔵は草むらから固唾を飲んで私を見守っていた。
カブトムシとの距離がほとんどなくなった瞬間、カブトムシに向かって虫網を一気に振りかざす。
虫網に気付いてカブトムシは飛び立とうとしたが、私の振りのほうが早く、カブトムシはすっぽりと虫網に収まった。
「雷蔵ー!虫籠!」
成り行きを見守っていた雷蔵に向かって叫ぶと、雷蔵は慌てて虫籠を持って私のもとへ駆けてきた。
雷蔵から虫籠を受け取り、カブトムシが逃げないよう慎重に虫網から虫籠にカブトムシをうつす。
虫籠にうつされたカブトムシは諦めがいい奴なのか、暴れないで大人しく虫籠の中央にずん、と陣どった。
「こいつなかなか図太い神経してるな」
「そうだね」
図太いカブトムシの様子を二人でじっと観察していると、遠くのほうでピーと音が聞えてきた。
これは集合の合図と決めていた指笛の音だ。
「なんだ、もうこんな時間か」
「ハチ、このカブトムシ見たら喜びそうだね」
「興奮しまくって暴走しなきゃいいがな」
そんな軽口を叩きながら、私たちはでっかいカブトムシだけが入った虫籠片手に集合場所へと急いだ。



集合場所にはもう兵助とハチがいた。私たちの虫籠を見るなり、ハチは興奮して「でかしたぞ雷蔵三郎!!」と大はしゃぎだった。
予想があたったので二人で苦笑していると、ハチがぽん、と私の肩を叩いてきた。
「どうだ?虫取り楽しかったろ?」
「・・・まあ、久しぶりにやるのも悪くなかったな」
「ん?なんて??」
ささやくような声で(もちろんわざと)言ってやったのでハチには聞えなかったが、傍にいた雷蔵と兵助には聞えていたようだ。
二人が顔を見合わせてくすりと笑いあうので、自分だけ聞えず悔しかったハチがもう一回!とせがむので「ハチのバーカ!」とあかんべーして逃げ出す。
諦めが悪い八は、走り出した私を虫籠を抱えながら「待てー!」と追いかけてきた。まったくもってしつこい奴だ。
「はは、もう三郎ったら素直じゃないんだから」
「だな」
そんな言葉を交わしながら、雷蔵と兵助はのたのたと後ろから私たちの後を追いかけてきた。


みんなでこうやって馬鹿みたいにできるなら。
楽しい時間を作れるなら。
昆虫採集も悪くはないな、なんて死んでもハチには言わない。

2009.08.31

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -