脱皮

「ちょっと左之」

マンネリという言葉は、あまり好きではないけれど。

「んー…?何だ、name」

休日にふたりで、面白くもないテレビを、お茶飲みながらおせんべい食べながら見てるって…非常にイケないんじゃないだろうか。

「何だ、じゃないよ。最近うちら、たるんでると思わない?」
「たるんでる?…腹がか?」

ちらり、左之が自分のジャージをめくる。
うわ、いい筋肉…ってチガウ!
出会った頃はそもそも、お互いジャージなんて着なかったじゃんかっ!

「そうじゃなくて…もっと、こう…することあるでしょーが…」

デートするとか、イチャイチャするとか。
付き合いはじめはデートの後には毎回メールくれたり、何とまぁまめな男なんだと感心してたのに。
いまじゃ、どこからどう見ても、熟年夫婦としか言い様がない。
そりゃ、左之と居られれば他はどうだっていいっていう気持ちもなくはないけど…。
昔の左之は、もっとビビるくらいに色っぽくて危険で…!

「あぁ…なるほどな。…来いよ、こっち」

左之が急に起き上がって、真面目な顔になる。
あれ。
これって何だか。
妙な胸の高鳴りを覚えながら、わたしは左之の膝の上に乗った。

「さ、の…」
「お前が何でふくれてんのか分かったよ」

それって…。
ごくり、息を飲む。

「…したかったんだろ」

え、な、何を?!
そうだよ、このスリル!

「俺がいま食ってるみかん食べたりお茶もう一杯飲んだりしたかったんだろ?」

は?

「ちっがーう!もういい…」
「なーんてな、」
「!」

左之の膝から降りようとして、後ろからすごい力で抱き締められる。
重いけど温かくて、逃げたりなんか出来やしない。

「こういう事、したかったんだろ?ちゃんと言えよ、大事なことなんだから。お前、こういうの好きじゃねーのかと思ってたじゃねーか。俺の早とちりだったみてぇだけどな。けっこー我慢したぜ?俺」

耳元で喋らないで。
ぎゅ、ってさらに腕に力を込めないで。
髪をそんなに優しくすかないで。
心臓が脳が体がわたしが、

「し、しぬ…っ」
「じゃあ、俺と死んでみるか?」
「…え?」

腕が緩んだのをいいことに後ろを振り向くと、そこには黄金の瞳を持った、野獣がいた。

「name……」

唇と唇が軽く触れる。
それから互いの舌がぶつかって──…。
久しぶりの感覚にびく、と肩が揺れると、野獣は嬉しそうに口角を上げた。

「とまぁ、本来ならここで長いキスに落ち着くんだが…。今日はおあずけな」
「え…どうして」
「この後お楽しみが待ってるから。歩けねぇと困るだろ。部屋行って着替えてこい、出かけるぞ」

そうしてこうして。
わたしたちは、何をしているのだろう。
まるでシンデレラになった心地だった。

「なんて面してんだよ、はやく食わねーと冷めるぞ」
「うん…」

32階建てのビルの最上階。
地上を走る車も、街の灯りもみんな米粒みたいだった。
右手奥にはハチミツみたいなシャンパン。
両サイドにはナイフとフォークいっぱい、目の前には極上お肉と…。
わたしの彼氏、原田左之助。
ジャージを脱ぎ捨て、黒いスーツにこちらも黒いネクタイが、何とも憎たらしいくらいに似合っている。
…おかしい。
誕生日でも記念日でもないのに、こんな。
バカみたいに高そうなフルコース。
しかも。
シックで落ち着いた雰囲気の、それでいて華やかな店内には、ボーイさんとわたしたちしかいない。
いわゆる貸し切りというやつで…。
こんなことなら、安いワンピースじゃなくてもっといい服を選ぶんだった。
お前は何でも可愛い、なんて言葉、信じていたらバカになる。
目の前の、ちょっとばかし見目のいい赤毛の男が何を考えているかさっぱりだった。

「く、食い逃げとかは、しないよね!?」
「おまっ…新八はともかく、俺がそんなことする男に見えんのか?」

新八、というのは彼の親友だ。
見えないけど…如何せん昼間とのギャップがありすぎて…!

「…少し真面目な話をしようと思ったんだよ。俺たち、付き合ってもう結構経つだろ」

…もしかして。

これがあの有名な、最後の晩餐というやつか?
い、いやだ!
別れるくらいなら、マンネリ熟年夫婦の方がまだマシ。
聞きたくなーい!

「俺と同じ名字になる気はないか」

思わず耳を塞ごうとした瞬間、左之の低く艷っぽい声を聞いて、頭にハテナマークが浮かんだ。

俺と、同じ、名字?
原田…?

「…それって…」
「あぁ。結婚してくれ、name。一生幸せにする」

結婚。結婚。結婚?!
だれとだれが。
…わたしと…左之?

「う、そ…」
「嘘なわけねぇだろ。手、貸せ」
「て?」
「左手、貸してみろ」

おそるおそる、左手を差し出す。
今までで、一番ドキドキした瞬間かもしれない。
左之に触れられた部分が熱い。
そこに、ひんやり冷たい──…、

「ゆびわ…?」
「貰ってくれるか」

黄金みたいなハチミツみたいな色の双眼に、吸い込まれるようにわたしは頷いた。

「し、しぬ…。嬉しすぎて」

キスをお預けにしておいて、よかった。

「これでもう、新八にマンネリ夫婦ってからかわれなくて済むぜ。本当の夫婦になるんだからな」

左之…。
例え万年ジャージでも、いつか三段腹になっても、はげたおじいちゃんになっても、どんな左之も一生だいすきよ!



fin.
(からかわれずに済むかは二人次第)


back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -