あのひとと会う時は、必ず傘が要るんです。
雨の日は雨男とランデヴー
「おかみさん。ちょっと買い物に行ってきます」
「いいけどななしちゃん、傘二本も持ってどうしたの。お天道様照ってるよ」
季節は夏。
腕まくりした肌を痛めつけるような日差しが降り注ぐ中、わたしは仕事場である呉服屋を飛び出した。
我ながら、こんなに晴れているのに傘を持ち出すのは、馬鹿げていると思う。
それでも忘れずにはいられないのは、とてつもない雨男のあのひとのせい。
赤銅色の髪に、琥珀色の瞳。
女性のような白い肌に、たくましい胸板を持つ彼は、一見すると太陽を呼んできそうだが、わたしと会う時は、必ずと言っていいほど雨を降らすのだった。
「今日は…、降りませんように」
真っ青な空を仰いで呟く。
今日はふたりで少し遠くにある茶屋まで足を伸ばす約束をしたのだ。
現地集合にすればいいのかもしれないが、生憎、彼しか茶屋の場所を知らなかった。
それにしても暑い。
待ち合わせの場所までもう少しだが、全身の毛穴から汗が吹き出してきた。
手ぬぐいで、何とか不快感を誤魔化す。
出会った日も、今日みたいに暑い日だったな。
浪人に絡まれているところを市中廻りの最中のあのひとが助けてくれたのだ。
助けてもらったはいいもののその後突然の雨に打たれ、ふたりしてずぶ濡れになった。
だから最初の印象は互いにあまりよくなかった気がする。
思い出し、ふふ、とひとり笑う。
すると、タイミングを合わせたかのように傘を持っていた手に、何かが乗った。
雨だ。
「……ウソでしょ」
雨は段々と粒を大きくしていって、乾いた地面を潤していった。
わたしはそれを、立ち止まって見た。
「左之の、ばか」
空は晴れていた。
天気雨、狐の嫁入りか。
こんな時に嫁入りするなんて迷惑な狐だ。
そんなことを思いながら、傘を開いた。
持ってきて、よかった…。
こんなところでぐずぐずしている暇はないのだ。
何せわたしたちには時間がない。
彼は京の治安を守るために毎日あくせく働いているし、わたしは家族を養うために呉服屋の仕事がある。
どちらか一方を捨てるか、両方捨ててしまうか、なんてことが出来る程、わたしたちは子どもではなかった。
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