貴方がどうしてそんなに苦しそうな、哀しそうな、切なそうな、辛そうな、淋しそうな顔をしているのか、知っているから。


修羅となる



「土方さん、もう眠られた方がいいのではないですか」

「あぁ。これだけ読み終えたらな。眠いなら先に寝てろ」


全ての戦いが終わり、多くの友が世を去った後、わたしと土方さんは函館で一緒に暮らすことになった。

決して裕福とは言えない生活だけれど、毎日が希望と幸福で満ちていた。


「いえ、一緒に寝ましょう。…何を読んでいるんです?」

「兵法書だ。…いまとなっては、必要のないモノだがな」


土方さんは目を細めると、わたしに膝に乗るよう促す。

わたしは少しでも彼に近付きたくて、おずおずとその膝に腰を下ろした。

まるで、お祖父さんと孫のような光景だ。


「重くないですか」

「重いと思ったらすぐに退かす。いいから黙って座ってろ」


ぺらぺらと兵法書がめくられていく。

所々に書き込みがされて、かなり使い古された本だった。


「………」


わたしは文字を読むのは得意じゃないけれど、いまがとても楽しかった。

何故って。

こんないきいきした土方さんを見るのは、久しぶりだったから。

長い長い戦争が終わった後、誤報で戦死したことになっている土方さんは、言葉通り全てを失い、暫く元気がなかったのだ。


「さて、と」


本が閉じられると、ふいに、土方さんと目があった。

暗闇のような漆黒の彼の瞳は深い憂いを潜ませているのと同時に、いつしか燃えたぎる熱情が垣間見えていた。


「一応読み終わったが…このまま寝るか?」


心臓が、自然と高鳴りはじめる。

何て甘美な誘惑だろう。


「あ…ええと…」


だからと言って、自分から求めることができるほど、器用ではなかった。


「このまま、寝ないで、何をするんですか…」


やっとのことで、それだけを口にする。

まるで風呂にでも入ったかのように、顔に血がのぼった。


「たとえば、」


土方さんの顔が、近づいてくる。


「こういうことだ」


形のよい唇が、わたしの唇に当てられた。


 





モドル
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