俺は、アイツほど命知らずな奴にあったことがなかった。

もしかするとアイツは、そこらへんの浪人よりもずっと命知らずかもしれない…。



命知らずな人魚



「よう、ななし」


アイツ、否、ななしは西本願寺の近くにある茶店で働いていた。

そこは新選組の屯所が、西本願寺に移る前から、俺と新八で贔屓にしていたところだった。


「原田さん!おはようございますっ」


小豆色の暖簾を払い、店の中に入る。

外は十月のわりには日差しが強く、中が余計に涼しく感じられた。


「あれ、その後ろの方は…?今日は永倉さんとご一緒じゃないんですね」


ななしは一瞬目を丸くしたがすぐに、にへらっとはにかんだ。


「あぁ、このひとは━━」

「もしかしてこの方が噂の」

「え?」

「ドカタさんですか!?」

「なっ…!!?」


慌ててななしの口を、片手で塞ぐ。

何を言い出すかと思えば…!


「く、くるしいですっ」

「馬鹿。んな滅多なこと言うモンじゃねぇ」


一体誰に吹き込まれたんだ。

聞くと、


「永倉さんが、巷で噂のヒジカタさんは実はドカタさんというんだって教えてくださって…」


困ったような嬉しそうな顔をした。


「俺は土方さんではない」


ふいに、俺の後ろにいた奴が低い声で呟く。

今日たまたま巡察が一緒だった斎藤だった。


「それより女、」

「は、はい」

「副長に会っても、決してドカタさんと呼ぶな」


斎藤が近くにあった椅子に腰を下ろした。

俺もその隣に座る。


「ダメなんですか?可愛らしいじゃないですか、ドカタさん」

「ダメっつーか…。一体全体新八は何考えてんだぁ?何でコイツに言った?」

「おそらく、酒でも入っていて彼女をからかったのであろう。笑えない冗談だな」


俺たちは同時に、ななしが持ってきたお茶に口をつけた。

渋くなった顔が、さらに渋くなる。


「とにかく、ぜってぇドカタさんなんて言うなよ。もし言ったら…」


昔のことを思い出し、軽く身震いした。


「斬られるぞ」


あれはいつだったか。

新米隊士で、土方さんに喧嘩をふっかける野暮な野郎が、土方さんをドカタ呼ばわりしたことがあるのだ。

その代償は恐ろしいかな、片腕一本である。


 





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