「あ、すみませ……」
すぐさま離れようとしたものの、なかなか躯がいうことをきいてくれない。
仕方なく、暫く原田さんの肩に頭を預けると、耳元で声がした。
「なぁななし、知ってるか。ほどよく酒を飲んだあとはな…」
吐息が耳にかかってくすぐったく、やっとのことで、原田さんから離れて向き直る。
「ほどよく、飲んだあとは…?」
「いつもより、口付けが美味く感じるらしい」
試してみたくないか。
その誘惑はあまりに危険で、心地よさそうで。
わずかに残った理性で、恋仲でもないのにそんなことをしてよいものか、と考えていたことも確かだった。
でも──。
幾つもの死線をくぐり抜けてきた、微かに酒で濡れた武骨な指が、わたしの唇に触れると、それだけで、そんなことはどうでもよくなった。
「はら、ださん…。教えてください…。その、」
口付けの、あじ。
言うより先に、原田さんの顔が近づいてきて、互いの唇同士が重なる。
また原田さんの香りがして、全身が震えた。
「ん…」
「ななし、口開けてみ」
言われるがままに、ほんの少し、口を開ける。
「ん、あ…」
冷たい空気と、温かな舌が、一気に口内に入ってきた。
最初は驚いて抵抗したものの繰返し刺激されることによって、だんだんと奇妙な感情がわき上がってきた。
──…気持ちいい。
くちゅくちゅと聞き慣れない音がして、舌を吸われ、唾液が交換されていく。
酸素と原田さん、どちらも欲しくて、頭がくらくらした。
「…美味かったか?」
漸く離れると、原田さんがにやりと笑いながら問う。
わたしはまだ声がだせなくて代わりにこくこく頷いた。
「またふたりで酒飲もうな」
唇にまた原田さんの指先が触れてくる。
嗚呼。
はやくその日が来ればいいと思うなんて…。
嬉しそうな顔の原田さんを軽く睨みながら、お馬鹿な自分を呪った。
fin.
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