「わーってるよ。心配してくれてありがとうな」
ずるい、とわたしは心の中だけで悪態をついた。
すぐ色気を振りまいて、わたしに続きを言わせなくする。
「もう…」
「よし。じゃあ、行くか」
「え、どこに」
「忘れたのか?峠にうまい団子屋があるから、連れていってやるって言ったろ」
その言葉に、わたしはきょとん、とした。
こんな大雨の中?
びしょ濡れなのに?
「近くの店でいいよ。髪とか服、乾かそう?」
「でも、次いつ会えるか分からねぇぜ。今日なら、その店も開いてるって山崎が言ってたし」
「そうじゃなくて!傘、一本しかないの!」
飄々としている左之を睨む。
こんな小さな傘じゃ、あんたはカラダが大きいんだから、はみでちゃうでしょう。
「俺は大丈夫だって。ななしが使え」
「そんなのダメだよ」
脳裏に、あのきょうだいが浮かぶ。
「……傘、貸さなきゃよかったのかな」
「は?」
「本当は、もうひとつ傘持ってたんだ。だけど途中で、困ってる子どもに渡しちゃったの。貸さなきゃ、左之が傘に入れて、遠くまで足を伸ばせたのかな、なんて…」
わたしも傘をささないで、左之と一緒に濡れればいいのかもしれないが、それは左之が許さないだろう。
ふたりで茶屋に行くには、どうしたってもうひとつ、傘が必要だった。
左之の顔を見ずに、胸元のさらしを見ていると、ふいに筋肉質な腕がこちらに伸びてきた。
「えっ…」
「流石、俺の女だな」
両手で顔を包まれて、おまけに目の高さを合わされた。
一気に、心臓が、破裂しそうになる。
「困ってる奴を助けるなんて偉いな。普通の人間だったら見て見ぬふりだろうよ」
「左之…」
「ま、団子なんざいつでも食いにいけるしな。ここで雨宿りして、雨が弱まったら近くの店にでも入るか」
わたしは思わず、着物が濡れるのも忘れて、左之の胸に抱きついた。
彼からは太陽の匂いがした。
「オ、オイ、ななし…!?」
もしかしたら、左之が雨男なんじゃなくて、わたしが雨女なのかもしれないなんて思った。
fin.
←モドル