しばらく歩いていくと、古びた家の軒先で泣いている小さな女の子がいた。

もうひとり、隣にその子を慰めている男の子がいるが、どうやら兄妹らしい。


雨のせいで、賑わっていた町はひとが少なくなっている。

どんなに急いでいたからって見過ごすのは酷だろう。

そう思い、そろそろと近づいていった。


「あの、どうかしたの」

わたしの声にお兄ちゃんらしき子が、びくり、と震えた。

突然だったので、驚くのも仕方ないだろう。


「どこか、怪我しているの?お家がわからなくなっちゃった?」


傘を静かに閉じる。

水滴がたくさん飛んだ。


「そうじゃないんだ。実は」


お兄ちゃんが話はじめた。

妹は始終、泣きっぱなしだった。


「そっか。お気に入りの着物なんだね。わたしの傘、使っていいよ」


事情はこうだった。


妹が誕生日に買ってもらった新しいの着物を、祖父母に見せに行こうとしたら、この雨にあってしまい、濡れたくないと泣いてしまったと言う。


着物は、大事だ。


呉服屋で働いているから、そういうことには人一倍敏感になっている。


「その金銀糸の着物、とってもステキだよ。きっと、貴女が持ち主で着物も喜んでる」


わたしは雨男のために用意した、藍色の傘を、ふたりに渡した。

小さな子どもふたりだから、ひとつで足りると思う。


「あ、ありがとうっ」

「じゃあね」


雨は、どんどん強くなっていた。

わたしは小走りで、待ち合わせの場所まで急いだ。





「左之!」


彼は、もう来ていた。

やはりいつもと同じく傘は持っておらず、先程の子どものように軒先で壁に背中をもたれていた。


「ん。遅ぇぞ、ななし」


左之が白い歯を見せて、わたしの頭を、くしゃくしゃ撫でた。


いつ見ても、格好いい。


「ちょっ、左之っ。びしょびしょじゃん」

「あぁ、巡察帰りだからな。まぁ、なんてことねーよ」


よく見ると、左之は頭から爪先まで濡れていた。

浅葱色の隊服が、台無しだ。

さっきの子どもの爪の垢を、煎じて飲んでもらいたいくらい。


「なんてことあるでしょ。お上を守るお方が、風邪なんか引いたらダメじゃない」







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