しばらく歩いていくと、古びた家の軒先で泣いている小さな女の子がいた。
もうひとり、隣にその子を慰めている男の子がいるが、どうやら兄妹らしい。
雨のせいで、賑わっていた町はひとが少なくなっている。
どんなに急いでいたからって見過ごすのは酷だろう。
そう思い、そろそろと近づいていった。
「あの、どうかしたの」
わたしの声にお兄ちゃんらしき子が、びくり、と震えた。
突然だったので、驚くのも仕方ないだろう。
「どこか、怪我しているの?お家がわからなくなっちゃった?」
傘を静かに閉じる。
水滴がたくさん飛んだ。
「そうじゃないんだ。実は」
お兄ちゃんが話はじめた。
妹は始終、泣きっぱなしだった。
「そっか。お気に入りの着物なんだね。わたしの傘、使っていいよ」
事情はこうだった。
妹が誕生日に買ってもらった新しいの着物を、祖父母に見せに行こうとしたら、この雨にあってしまい、濡れたくないと泣いてしまったと言う。
着物は、大事だ。
呉服屋で働いているから、そういうことには人一倍敏感になっている。
「その金銀糸の着物、とってもステキだよ。きっと、貴女が持ち主で着物も喜んでる」
わたしは雨男のために用意した、藍色の傘を、ふたりに渡した。
小さな子どもふたりだから、ひとつで足りると思う。
「あ、ありがとうっ」
「じゃあね」
雨は、どんどん強くなっていた。
わたしは小走りで、待ち合わせの場所まで急いだ。
*
「左之!」
彼は、もう来ていた。
やはりいつもと同じく傘は持っておらず、先程の子どものように軒先で壁に背中をもたれていた。
「ん。遅ぇぞ、ななし」
左之が白い歯を見せて、わたしの頭を、くしゃくしゃ撫でた。
いつ見ても、格好いい。
「ちょっ、左之っ。びしょびしょじゃん」
「あぁ、巡察帰りだからな。まぁ、なんてことねーよ」
よく見ると、左之は頭から爪先まで濡れていた。
浅葱色の隊服が、台無しだ。
さっきの子どもの爪の垢を、煎じて飲んでもらいたいくらい。
「なんてことあるでしょ。お上を守るお方が、風邪なんか引いたらダメじゃない」
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