「何か、用があって来たのではないのか?」
斎藤さんに言われてハッとする。
「あ、忘れる所でした。土方さんが、お部屋に来て欲しいそうです」
一息に言うと、道場の中もひんやりしていることに気がついた。
「副長が…。そうか。わざわざすまんな」
「いえ…。それにしても、えらいですね。夜なのに、練習されて、」
先程斬られた、俵の残骸に目をやる。
断面がきれいに斜めになっていた。
「武士である以上毎日の鍛練を怠ってはならないからな」
「…わたしには、武士は向いていないようです」
わたしがそう言うと、斎藤さんが優しく微笑んだ。
「でもあまり、無理しないでくださいね。風邪も、町では流行ってきていると言うし」
第一人者はわたしですが。
「っ…、そうか…、」
急に斎藤さんが目を閉じた。
どうしたのかな?
気のせいか、顔が少し赤い気がする。
もしかして━━。
「熱でもあるんじゃないですか?」
斎藤さんに近づく。
「顔が赤いですよ?」
「…断じて、熱などない。顔も、赤くない。寄るな」
手を額にあてようとしたら、ぷい、とそっぽを向かれた。
やっぱり様子がおかしい。
「でも…」
仕方なく、斎藤さんの手を握る。
至極、冷たかった。
「!!?」
「あーもー!こんなに手が冷たいじゃないですか!温めなきゃだめですよ!」
「か、構うなっ…」
斎藤さんが出口へ歩き出す。
わたしもそれに続いた。
「土方さんには言っておきますから、お部屋に………」
戻りましょう、と言うのと、どすん、と音がしたのは同時だった。
な、何が起こったの。
「…大丈夫か?」
目の前には、斎藤さん。
かなり至近距離だった。
「えっと、はい…?」
「アンタはひとの心配より、自分の心配をした方がいい」
どうやら道場の入り口にある段差につまづいたらしい。
それを、斎藤さんが抱き止めてくれたのだ。
「お、お恥ずかしい…。ありがとうございます…」
「あぁ…」
すぐに離れようとしたが、どうしても斎藤さんの腕から抜け出すことができなかった。
「あのぅ、斎藤さん?」
「危なっかしくて、見ていられない。あまり、俺を誘惑するな」
「それはどういう…」
「今日は離すが、次は覚悟しておけ。………もう寝ろ。おやすみ」
ふわ、と立たされて、しばらくぼーっとする。
やっぱり、何故か、斎藤さんといると、落ち着くなぁ…。
fin.
→つづく
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