あれ?
「だれですか…?」
確実に、目の前には、わたしの知らない男のひとが立っていた。
沖田さんじゃない。
「僕は、沖田総司だよ」
そのひとは、わたしの肩に手を置いた。
ぞくり、とした。
「いやっ」
「離さないよ」
「だれかっ━━」
「なーんてね」
ぱっ、と肩を掴んでいた手が離れると、わたしは反動でしりもちをついてしまった。
沖田さんはというと、満月の光に負けないくらい明るく笑っていた。
「君は本当に面白いね」
軽く沖田さんを睨む。
流石に悪いと思ったのか、立ち上がろうとしたら手を貸してくれた。
「でも、ひとには裏側があるってわかったでしょ。ななしちゃんも、安易にひとを信じない方がいいよ」
風が冷たくなってきた。
やっぱりこのひとは苦手だ。
心が、遠くにあるもの。
「そんなのわかりませんよ。裏側が偽りで、表側が真実かもしれないじゃないですか。……そろそろ、部屋に戻ります」
「へぇ…。そうも考えられるか」
沖田さんは、何かにひとりで納得していた。
何なんだ、このひと。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「君の裏側があるなら、」
風が強く吹いて、おろしていた髪が宙を舞った。
沖田さんが見えない。
「見てみたいな」
「な、何を言って…!」
「おやすみ」
ちゅっ、というリップ音と、軽い圧力を頬に残して、沖田さんは去っていった。
…………え?
ちゅっ、って。
何してんだ、あのひと!!!
わたしはへなへなと座り込んで、終いにはしりもちをついた。
月のうさぎも、情けないわたしを見て笑っていることだろう。
どうやら沖田さんは、たくさん裏側をもっているようだ。
fin.
→つづく
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