月に裏側があるとしたら、人間に裏側があるのなんて当たり前だ。
と彼は言った。
おやすみU
〜沖田総司の場合〜
新選組の屯所に来てから四ヶ月がたった。
風邪も治り、また平凡な毎日がはじまった。
「夜は特に暇なんだよね」
昼間は屯所にいる幹部のひとたちと話をしたり、千鶴ちゃんと遊んだりできるけれど、夜は夕食を終えると、静かな自室にひとりだ。
「仕方ないけどね」
自分の置かれた状況も充分に理解しているし、何も不自由はないけれど━━。
自然と、一人言くらいは増える。
わたしは、まだ寝るにははやい時間だったので、水でも飲もうと部屋を出た。
「わ、綺麗…」
今宵は満月だった。
夜目がきかないわたしには暗くなった屯所内を歩くのに適切な明るさだ。
「あれ、」
中庭を通りすぎようとすると知っているひとの後ろ姿を見つけた。
…何をしているんだろう?
そのひとは、ただ中庭の真ん中に立って、空を見上げていた。
何だか、声がかけにくかったので、しばらく隅に隠れていようと思ったら、
「遠慮することないよ、おいで。ななしちゃん」
十も数えない内に、見つかってしまった。
少し風の強い庭へ、誰かの草履を借りて出る。
「こんな時間に、何をなさってるんですか?」
「ん〜?月を見てたんだ。満月で曇ってない日って珍しいでしょ」
「確かにそうですね。とっても、綺麗ですよね」
今日は、うさぎが餅をついている様子が、よく見えた。
「…君は、月の裏側ってあると思う?」
いつもの、おどけた感じじゃない沖田さんが言う。
月の裏側?
「どうでしょうね…満ち欠けするんだから、裏側はないんじゃないでしょうか」
学が乏しいわたしは、沖田さんは何て難しいことを考えるひとなんだろうと思った。
「ふぅん。僕はね、月に裏側があろうがなかろうが、どうだっていいんだ」
じゃあ何で聞いたんですか。とは、心の中だけで呟いた。
「でも、あったら面白いな、とは思う。月にも裏側があれば、人間に裏側があるのなんて当たり前でしょ」
「さぁ…。比べるものがあまりに違いすぎて、わたしには…」
小首を傾げると、沖田さんと目があった。
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