「い、いえ、あの、何でもないです!忘れてくださいっ」


何て失礼なことを言ってしまったのだろう。

怒られる━━!


「ぶっ」


てぬぐいを水に浸していた土方さんが、さっきより大きな声で笑った。

もしかして世界の終わり?


「そりゃあ俺だって人間だからな。笑いたい時は笑うさ」

「……ですよね〜…」

「それとも、俺の笑い方はおかしいか?」


土方さんがまっすぐこちらを見た。

わたしは、滅相もない!とブンブン頭を横に振った。


「違います!そうじゃなくて!いつも難しそうな顔をしていらっしゃるから…!」

「まぁな。副長がへらへら笑ってたら、他の隊士に示しがつかねぇだろ。それに、京に来た時から、自分の笑い方なんてのはぁ忘れちまった」


部屋がしん、と静まりかえった。

土方さんは困ったように、微笑んでいた。


「土方さん…」

「もう寝ろ。せっかくよくなってきたのに、ぶり返すぞ」

「わたし…」


土方さんが寝るようにと背に手を添え、促したが、わたしはそれを無視して、土方さんを見つめた。

「土方さんが心から笑える日がくれば、いいと思います。皆の前で笑えないならせめてわたしの前でだけは、笑ってください。わたし…頑張って笑わせますから!」


一息に言うと、土方さんの表情が変わった。

いつもの、しかめっ面。

怒った?

ねぇ、怒ったの?!


ぐるぐる考え込んでいると、ぐるん、と視界がまわった。

いつもの、見慣れた天井が見える。


「ありゃ…土方さん?」

「寝ろっつってんだろ」


どうやら、暴君がキレたらしい。

腕一本でカラダを布団に叩きつけられた。


「わ、わかりました!寝ます!寝ますから離れてください!」

「ちょうど俺も眠いから、添い寝してやるよ」

「いいです、いいです、遠慮します!」

「冗談だ」


そう言ってからもしばらくわたしから離れようとはしなかった。


「あの〜…土方さん?」

「わかってる。あと少しこのままでいさせろ」


わたしは黙った。

こんなことを言われて、なお振りほどける人間などいるものか。


「おやすみ、ななし」


その日の眠りは、妙に心地よかったのを覚えている。



fin.


→つづく








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