原田さんが千鶴、と口にするたび、少しだけ胸が苦しくなるような気がした。
「で、でもっ、本当のことです」
「そっか」
月明かりに照らされて、原田さんがきらきら輝いている。
男性なのに、美しい、という感想を持った。
「何だ?俺の顔に何かついてるか」
言われてぱっと視線を外す。
見とれていた、なんて恥ずかしくて言えない。
「いえ、何も…?」
「そうだ。お前にも何か買ってきてやるよ」
原田さんの腕が伸びてきたかと思うと、前に垂れてきていた髪を、耳にかけられた。
思わず肩がすくんでしまう。
「かんざしでいいか?」
「え、あ。いいんですか?」
「遠慮すんな」
右側からどんどん熱くなっていく。
もう原田さんの顔を、完全に見られなくなり、わたしは俯いた。
すると、部屋まですぐそこだということに気がついた。
「あ、じゃあ、ここで。お、おやすみなさい!」
ぺこり、とお辞儀をしてこの場から逃げようとする。
顔は、月明かりで逆光となっていて、見なくて済んだ。
「って、え?」
部屋の障子を開けようとして後ろに引っ張られる。
何かしら不可解な重力が存在していた。
「は、」
暗闇で、何が起きたかわからない。
ただ、温かなぬくもりがあるだけ。
「原田さん…?」
「何だ?」
「何を、なさって、いるんですか???」
「そりゃあ、ななしを抱きしめてるんだけど」
開いた口がふさがらない、というのはこういうことだと思う。
わたしは原田さんに抱きしめられたまま、ただただ固まっていた。
「お前、分かりやすすぎ。俺が千鶴の話するたび、嫉妬してただろ」
「し、嫉妬なんか…!」
「してねーの?」
「それは…」
耳元で原田さんの声と、呼吸が聞こえる。
…溶けちゃいそう。
「まっいいか。俺が好きなのはお前だから。覚えとけ?」
ぎゅっと、原田さんの腕の力が一瞬強くなる。
「おやすみ」
そしてすぐに離されて、涼しい風が背中を通りすぎていった。
わたしは二度と立ち上がれなかった。
fin.
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