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「リョウちゃん、お土産ありがとね。婚前旅行はどうだった?」
「いや、婚前じゃありませんし社長の別荘でぼーっとしてました」
「あれ、旅行まで行って何もなかったの」
「あ、りませんよ」
思わずどもると、マスターは何かに勘づいたように含みのある笑みを浮かべる。
この人のこういうところが苦手だ。
自分が子供だってことを思い知らされる。
「びっくりしたよ。マキが他人と旅行だなんて」
「私もびっくりしましたけど。でも、社長、しつこく言ってれば大抵お願い聞いてくれますよ」
「そりゃリョウちゃんだからだよ」
マスターは、寝ているのかいないのか、カウンターに突っ伏している社長のほうを見る。
「妹ができたみたいでうれしいのか、友達ができたみたいでうれしいのか。この子、友達いないんだよ。小さい頃から転校続きでね」
「そうなんですか」
「両親が海外飛び回る仕事だから。高校からはこっちに定住してるけど、もうその頃には他人と関わる気ゼロになってて。ろくに人と関わらなくてもうまく生きられる子だから、そのまま一人で稼ぐ術まで覚えちゃってね」
マスターが目を細め、父親のような眼差しを社長に向ける。
「リョウちゃんなら、こいつのことわかってくれるかなって」
「なんでですか」
「同じにおいがするから」
カランとグラスの中の氷が音を立てる。
全く嫌な人だ。
この金持ちと私を一緒にしないでほしい。
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