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「こ、小谷、結婚してたの?」
「今日しました。お先にすみません」
「ほんとになっていやいや、そういう問題じゃなくて。え、まじで?ほんとに?」
信じられないという目を向けられて、私は同意を求めて社長の顔を見上げる。
今、役所の帰りですと彼が答える。
吉田はしばらく絶句した後、おめでとうございますと頭を下げた。
「そっか……そっか小谷。外ではちゃんと大事な人を見つけてたんだな。就職先でも楽しくやってるみたいだし、安心したよ」
「こちらが就職先の社長です」
吉田が教師面になってしみじみと呟くので、私は冷静に口を挟んでおく。
「えっ?社長?社長ってこんな若かったの?」
「先生よりお金持ちですよ」
「まじか!いや、そ、そっか……旅行とか行ってたのはそういうことだったのか」
「そういうことじゃないですけど、まぁいいですどうでも」
吉田に何と思われようと。
そんな私と吉田のやりとりを黙って見ていた社長が、珍しく他人に向かって口を開いた。
「先生と仲良くしてもらってたんですね。意外と楽しくやってたみたいでよかったです」
「えっ、いえ、僕は何も役に立てず……」
「この子がこんなふうに人と話してるの、初めて見ましたよ。安心しました。ありがとうございます」
何を言ってるんだという目で社長を見たが、予想外に真摯な態度に、私は何も言えずに俯く。
吉田は感極まったように唇を引き結んで頭を下げた。
不本意だが、最後に喜ばせてあげられたようでよかった。
吉田の眼鏡の向こうに溜まった涙を見て、私はくすりと笑みを漏らした。
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