15
「でも、もう戻ることはしません」
「どうして」
「わかってくれないから」
不満そうに歪められたマスターの表情に、私は諦めに似た息をついて視線を落とす。
「マスターは、私と社長に一緒にいたほうがいいと言いました。最初は抗ったけど、私も最近はそう思うようになりました。たぶん、社長も」
そう言って、ちょっと口ごもる。
だから両親の代わりか、後付けかに私を選んでくれたのだと思うし、合鍵をくれたのもそういうことだったんだと思う。
「でも、社長が私と両親が一緒にいたほうがいいと思うなら、傍にいるつもりはありません。そんなのただの独りよがりでしょう?」
続きははっきり言い切って、自嘲の笑みを浮かべる。
馬鹿な男だ。
それが優しさのつもりだろうか。
私の意見を聞きもせず、両親を選べるように計らうことが。
「……男はプライドが高いものだよ」
「くだらないですね」
「マキなりの最善だよ。今まで大事な人がいなかったから、わからないんだ」
マスターはようやく表情を崩し、空になった私のグラスを下げ、新しくウーロン茶を用意してくれる。
「もう一度だけ、チャンスをあげてくれないかな」
尋ねられて、私は苦笑する。
「もう遅いですよ」
「遅い?」
「仕事、決まっちゃったんで」
え、と目を丸くするマスターに営業用の顔で微笑んでみせる。
電話を掛けるより先にこの店に来ていれば、未来は変わっていただろうか。
らしくもない後悔がよぎって、やっぱり電話の後で良かった、と私は自分を戒めた。
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