溢れた涙を止められなくなって、私は顔を覆って嗚咽を堪える。
体勢を崩したまま、旭は何も言わずに黙っている。
しばらくすると立ち上がって、気配が離れた。
かと思うとすぐにがちゃんと音がする。
金属の冷たい音。
名前を呼ばれて顔を上げると、目の前をぽたりと赤いものが落ちていった。

「ほんと意地っぱりだな、おまえ」

しゃがみこんだ旭の腕には、赤い線が引かれている。

「どうぞ、って言ったら飲んでくれるの」

シンクには無造作に投げ捨てられた包丁。
ぱっくりと開いた傷口に、じわじわと血液が溢れてくる。

私は目を離せず、声も出せず、ごくりと唾を呑み込んだ。
単純な恐怖と、明快な本能。
目の前に血を見て、理性が抑えきれなくなる。

「血、止めろよ」

据わった目で私を見つめ、旭が命令口調で言う。
卑怯だ。
そうやっていつも私を追いつめて、逃げても逃げても追いかけてきて、私の願いを叶えてくれて、救ってくれて、傍にいてくれて。

「美夜。おまえはもう俺のものなんだから、俺もおまえのものにしろ」

傷ついても、傷つけてでも。
差し出された手に、そろそろと自分の手をのせる。
こうして目の前で証拠を見せてくれるなら、私も覚悟しよう。
決意をひっくり返しても、欲に流されているだけだとしても、ここまでして旭が私を選ぶのならば。

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