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「帰ろっか、潤ちゃん」
ふいに、佐伯くんが口を開く。
その場に似つかわしくない気の抜けた声に、ぴたりと二人の会話も止まる。
「こんな痴話喧嘩付き合ってらんないし」
「ち、痴話喧嘩なんかじゃない!」
「じゃあなんなの」
噛み付くように花音が反論する。
佐伯くんの口調が、豹変したように冷たくなる。
花音はびくりと肩を震わせ、一歩佐伯くんから離れた。
彼は驚いている私の腕をつかみ、強引に立ち上がらせる。
「さ、帰りましょー。潤ちゃん傘持ってる?」
「え?う、うん」
「俺持ってないから入れてね。じゃ、サヨナラおふたりさん」
佐伯くんはすぐににこやかに笑って、ひらひらと二人に手を振った。
私は慌てて鞄をつかみ、彼に引っ張られて入り口に向かう。
黙ってこちらを見ている二人を残して、私たちはカフェを後にした。
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