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俺は窓際の席を陣取って、いつでも二人の姿を捕えられるようじっと店外を見張る。
向かいでケーキセットを注文した鬼澤が、呆れたように溜息をついた。
「少しは私の相手をしてくれてもいいんじゃないですか」
「そういえば、一人で来たの?」
「今頃ですか」
一人じゃなきゃ誘ってないでしょう、と彼女は呆れたように言う。
鬼澤は眼鏡に黒髪ストレートの生真面目な女だ。
地味ではあるが、眼鏡を取ったら美人だともっぱらの噂だ。
しかし、愛想がないしなかなかの毒舌。
先輩である俺にも遠慮がない。
というか、特に俺には冷たい。
「日曜にデートする相手もいないのか。寂しい奴だな」
「日曜に妹のデート尾行してる変態には言われたくないですよ」
なんとでも言え。
俺は今二人を探すのに必死なんだ。
「本当は、おまえが教えてくれたケーキバイキングに二人で行くはずだったんだ。なのに先約があるからって断られて、何の用かと思ったら男と買い物だと。酷くないか」
「酷いのは戸田さんですよね。連れてってくださいと言ったのは私ですよ」
「なんでおまえとケーキなんぞ食いに行かなきゃならないんだ」
「この無神経やろう」
最後に鬼澤が呟いた言葉は、都合よく俺の耳に入ってこなかった。
じとっと睨まれたが、俺は窓の外を見張るので忙しい。
「あ、でも、結局一緒にケーキ食ってんな。おまえとケーキ食う運命だったのかな」
しかし、ふと思いついて彼女のほうを見て言った。
鬼澤が一瞬目を見開き、なぜか照れたように下を向く。
「卑怯ですよ、そういうの」
ああ、なんで俺の前にいるのがこいつなんだろう。
あゆと一緒に食べたかったのに。
彼女の前のガトーショコラをしみじみと眺めながら、俺はカップを口に運んだ。
世の中うまくいかないものだ。
だけど、無愛想な鬼澤がどこかうれしそうだったので、なんだかまぁいいかという気持ちになって俺はほんの少し口元を緩めた。
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