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店内に二人がいるというだけで安心して、俺はコーヒーのおかわりを頼んだ。
鬼澤が無表情ながら智と同じように呆れた様子で俺を見る。
「相手の子にバレバレだったじゃないですか」
「あゆにバレなければいいんだ。鬼澤、ありがとう。俺が社長ならおまえの給料大幅アップしてる」
「……じゃあ、今日は戸田さんのおごりで」
「喜んで」
俺が笑ってみせると、鬼澤は戸惑ったように気恥しげな顔をする。
いつもこんな表情を見せたらいいのにと思う。
いや、でも、いつも無表情だから、ギャップが可愛いと感じるのかもしれない。
「それにしても、妹さん可愛いですね。小動物みたいです」
「そうだろう可愛いだろう。もっと言え。職場でも言いふらせ」
「これだから高校生にまでシスコンだって言われるんですよ。あの相手の子、お似合いじゃないですか」
「ああ、嫁にやるつもりだ。と思ったが、無理そうだから婿に取るつもりだ」
「図々しいですね」
さらりと毒舌を吐かれたが、今日の鬼澤のファインプレーに免じて広い心で受け止めてやる。
「というか、結婚なんて絶対反対だと思ってました」
「絶対反対してたんだが、あゆを教育できるのはあいつしかいないと理解したんだ」
「けっこう認めてるんじゃないですか」
「まぁ大人になってからの話だからな。あと二十年くらい先の」
「妹さん、三十路も半ばじゃないですか」
今の初婚年齢は上がっているらしいから問題ないだろう。
俺がひとりで納得していると、鬼澤がぽつりと呟いた。
「その前に、戸田さんが結婚してなきゃまずいんじゃないですか」
俺はカップを浮かせた手を止めて、ふっと笑みを浮かべてみせる。
「俺はしないんだ。あゆが結婚しないでって言うから。一生傍にいてだって。可愛い妹に頼まれちゃ、断れないよな」
「……このシスコン!」
再び蔑んだ視線を向けられたが、後輩の侮辱など何のその。
俺はかなり美化されたあゆの台詞を思い出して、にやにやと口元を緩ませるのだった。
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