9
「あれ、貴志さん」
ふいに声を掛けられて、俺は声の主を見て今度こそぎょっとした。
「あっれー、お兄ちゃん。なにしてんの?」
テーブルに駆け寄ってきたのは、探し人二人だった。
しまった、サングラスもマスクもしてない!
ついわたわたと慌ててしまい、がたりと派手に椅子の音を立てた。
「いや、ぐ、ぐうぜん」
「デートっすか」
貴志に言われて、俺ははっとして鬼澤のほうを見る。
彼女も珍しく驚いたように硬直していた。
「えーっ!お兄ちゃん彼女いないって言ったのに!」
「ち、違う!彼女じゃない!そんなわけない!職場の後輩だ!」
歩の肩をつかんで必死で否定する。
鬼澤の視線が氷点下に下がって突き刺さった気配がしたが、たぶん気のせいだ。
「職場の後輩とデートっすか」
「だからデートじゃない!そこで偶然会ったんだ!」
「偶然?」
智の眉が不審げに寄せられる。
しまった、こいつは絶対勘がいい。
「もしかして、歩のあとついてきたとか」
呆れたような視線を向けられる。
歩が顔を顰めてこっちを見た。
たらりと冷や汗が垂れる。
やばい、どうしよう、なんて言い訳しよう。
引きつった俺の代わりに答えたのは、なんと全く期待をしていなかった後輩だった。
← | →