END
「凌」
風呂や家事を終えリビングに戻ってくると、ワインを飲んでいた社長がソファーで手招きした。
私はおとなしく彼の側へ近づく。
「美味しかったよ、今日の夕食」
なんのつもりだ。
隣に座った途端肩に手を回されて、私は顔を顰める。
「……それはどうも」
「俺のために英二に習ってくれたのか」
にやりと社長の口元に笑みが浮かんだ。
ぎょっとして私は目を見張る。
その顔で全部バレたも同然だった。
彼はご機嫌で私を胸に引き寄せ、喉を鳴らして笑った。
「……気づいてたなら食事中に言ってくださいよ」
「隠してるみたいだから黙ってるつもりだったけど。酒飲んだら気分良くなって」
「あーもー恥ずかしいじゃないですか」
私が彼の胸に顔を押し付けると、社長は声を上げて笑い、私の髪を撫でる。
「ポタージュがあいつのにそっくりだった。生姜入れただろ」
なるほど、さすが舌が肥えていらっしゃる。
少し顔を上げて睨むと、社長は楽しげに私の頬をつねった。
「だって、たまにはおしゃれなものも食べたいかなと思って。いっつも文句言うから」
「だから嬉しいって言ってんだろ」
「わざわざこっそり習いに行ったのに、迎えに来ちゃうし」
「あいつにも礼を言っとくよ。嫁が世話になったって」
あのときの不機嫌はどこへやら、社長は普段には見られないほどに口元を緩ませている。
その表情が向けられるのが尚更恥ずかしくて、私は再び顔を伏せた。
まぁでも、これほど喜んでくれるとは思わなかったし、習って良かったということにしておこう。
髪に、こめかみに落ちてくるキスに機嫌を戻し、私は彼の背中に手を回したのだった。
END
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