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結局店を出たのは日付が変わってから。
社長の運転する車でマスターを家まで送り、帰路についた。
「マスターって恋人がいるの?」
ふと気になっていたことを尋ねてみる。
社長は変な顔でこちらを見た。
「なんで」
「さっきそんな感じの話をしてたから」
「……恋人?」
社長は前へ向き直り、ぼそりと呟いて首を傾げる。
お相手を知っているのだろうか。
どうせ私の知らない人だし、そこは追及しないでおく。
「ていうか、あんた他人の恋愛とか興味あんの」
「いや、別に。ただ、マスターが結婚について考えてるの、意外で」
「する気はないだろうけどな。あいつは一人で生きてくタイプ。来るもの拒まず、去る者追わず、ってな」
「まさにマスターのイメージですね」
「ただ親に申し訳ないんだろ。お堅い家だから」
社長はつまらなさそうに吐き捨てた。
彼は性格に難があるとはいえ、家族の期待に沿った人生を送っている。
だから、好きなことをしているマスターを羨ましがっているのかもしれない。
「ああ見えて真面目なんだ。本命には一途だよ。けど、みんながみんな想いが叶うわけじゃない。添い遂げられるわけでもない」
続けて社長の言ったことが予想外で、私は思わず彼のほうを見た。
ハンドルを握って前方を見たままの横顔は、夜のライトに照らされて普段より冷たく見えた。
「俺はあんたと出会えて良かったよ。勝手に食いついてきてくれて」
「……安い女ですみませんね」
「億単位なんだろ?謙遜するなよ」
社長の手が伸びてきて、楽しげに私の頭を撫でる。
最近、こうすれば私の機嫌が直ると思っているから腹が立つ。実際そうなのだが。
マンションが近づいてきて、私はひとつ欠伸をする。
二人になると力が抜ける。
そんなふうに安心できる人が隣にいることがどれだけ幸せなことか。
改めて考え直して、私はこっそりと心の中で社長との出会いに感謝した。
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