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「俺が留守だからって、何こんなとこで遊んでんだよ」
突然裏口のドアが開いたかと思うと、入ってきた社長が開口一番こう言った。
私は呆れて彼を見、マスターは小さく吹き出した。
「俺が呼んだんだよ。一人なら食事に来ない?って。お店も休みだし」
「人の嫁呼び出すとはいい度胸だな」
「だって、おまえ呼んでも来てくれないでしょ。ワインでいい?」
「コーヒー」
社長がぶっきらぼうに答えると、マスターはハイハイと席を立つ。
フォローしてくれた彼に、私はこっそり頭を下げた。
社長のために料理を習いに来ました、なんてこっぱずかしくて言えるわけがない。
社長は上着を脱ぎ、私の隣に腰かけた。
「早かったですね」
「相手が呼び出されて帰ったから。疲れた」
「おつかれさまです」
私が労いの言葉を掛けると、社長の腕が肩に回った。
引き寄せられて、至近距離で睨まれる。
「こんな店にのこのこ来んなよ」
「あなたの叔父様のお店ですよ」
「あんな怪しい男に懐くな」
「一番懐いてるのは自分じゃないですか」
私の言葉に、彼は面白くなさそうな顔をして、突然ちゅ、と唇を合わせてきた。
びっくりして突き飛ばそうとしたが、肩を抑えられて動けない。
「何してんですか」
「別に見てねぇだろ」
「だからって」
「あーうるさい」
そう言って、もう一度唇を押し付けられる。
騒ぐこともできず、唇を離したところで私が睨むと、彼は機嫌が回復したように額にもキスを落とした。
「おやおや、お邪魔ですか」
「邪魔」
「邪魔じゃないですよ!」
社長が怒った私をなだめるように髪を撫でているところで、マスターが戻ってきた。
今度こそ私は社長の体を押しやる。
彼は今度はされるがままに体を離し、マスターの持ってきてくれたコーヒーを口に運んだ。
さすがの社長でも、叔父の前で嫁といちゃつくのは恥ずかしいらしい。
「いいねぇ、幸せそうで」
向かいに座った社長が、にこにこと私たちを眺めている。
社長は鼻で笑い、私は言葉もなく肩を落としたのだった。
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