「新婚生活はどう?」

マスターに尋ねられて、私は口を噤む。

今夜、社長は外で夕食。
私は休業日のマスターの店にお邪魔して、料理を習っている。

「どうってことないですよ。一緒に住むようになっただけで、これまでと変わらず」

「そう?料理教えてなんて言うから、健気なものだなぁと思ったんだけど」

マスターにからかうように言われて、私は渋い顔をする。
貧乏料理しか知らないせいで社長に文句を言われるので、わざわざ彼に習いに来たのだ。
和食は祖母に習っているので、洋食はマスターに習うつもりだ。

「花嫁修業なんて偉い偉い」

「だってあの人わがままなんですよ。まずいなら外に食べに行けって言っても、一人じゃ嫌だとか言い張るし」

「そりゃ奥さんと一緒に食べたいでしょう。あの子は特に、寂しがり屋だからね」

マスターが肩につくほどの髪をゴムでくくりながら、くすくすと笑う。
私も真似して髪をまとめた。
じゃあ始めますか、とマスターが言い、よろしくお願いします、と私は頭を下げた。

習ったのは煮込みハンバーグとサーモンのカルパッチョ、じゃがいものポタージュに野菜のマリネ。
社長の好きなメニューを教えてもらった。

「マキは基本的にお子様舌だから。そんなに難しいものを作る必要はないよ」

「ああ、オムライスとかナポリタンとか好きですよね」

「そうそう。お坊ちゃまだから舌は肥えてるけどね。家ではそんなのでいいよ」

「私、そういうの苦手なんですよ。野菜炒めとか味噌汁とか、普通の家庭料理はまぁ作れるんですけど。あと炒飯とかパスタとかの貧乏料理」

「十代でそれだけ作れたら立派なものだけどなぁ。あの子を黙らせるのは難しいか」

私が口を尖らせると、マスターは面白そうに笑う。
笑いごとじゃない。
だけど、そういう社長のわがままを笑って受け入れられるから懐かれているんだろうなぁと、ちょっと羨ましく思った。

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