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朝。
目覚ましの音で目蓋を持ち上げると、すぐそこに社長の顔をあって、私は驚いて身を引いた。
後頭部をサイドテーブルにぶつける。
その音で社長が目を開き、眉間に皺を寄せて何してんだと掠れた声を出した。
「慣れないな……」
洗面と着替えを終え、化粧をしながら私は溜息をつく。
そもそも他人と寝ることが初めてなので、こちらに引っ越してきて三ヶ月経っても時々こんなことがある。
やはり、事務所からマンションに移ってくるとき、意地でも寝室を分けてもらうべきだったかもしれない。
いや、別に寝たいと言ったときの社長の猛クレームを思い出すとそれは無理だっただろう。
危うく部屋ももらえないところだった。
「おい、そろそろ出るぞ」
「よく考えたら今日外勤ないんだから、化粧いらなかったですよね」
「いるに決まってんだろ。俺の前で手ぇ抜くな」
社長は身なりに厳しい。
私はスピードを上げて化粧を終え、髪をまとめて鞄を持つ。
先に玄関に出ていた社長に急かされて家を出る。
二人だけの会社なのだから適当でいい気もするが、一度たるむとずっと駄目になるそうで、規則や時間に関しても彼は厳しい。
「朝、思いっきりぶつけたな」
駐車場まで歩きながら、社長の手が後頭部に触れる。
私は今朝の出来事を思い出して、なんだか気まずい気持ちになった。
「やっぱり別に寝ませんか」
「それ結婚した意味あんの?」
まぁこの甘ったれな男にはないかもしれない。
何も反論せずにいると、社長は満足したように私の頭を撫でた。
結婚してからスキンシップが増えたなと思いながら、私は払いのけることもせず、黙ってされるがままになっていた。
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