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非実用的なものや女の子っぽいものは嫌いなはずだが、そんな嫁が唯一大事にしているぬいぐるみがある。
いつか水族館で買ってやったペンギンだ。
「ただいまー」
仕事から帰ってきてソファーに鞄を放り出すと、凌は座っていたペンギンを抱き上げてただいまのキスをする。
そんなの俺もろくにしてもらったことないのに。
まぁ、一緒に帰ってくるんだから当たり前なのだが。
「今日もいい子にしてましたかー」
「ぬいぐるみにいい子もクソもあるかボケ」
「大人しく留守番してくれてるじゃないですか。社長も撫でて!」
「いらん」
せっせと話しかけている阿呆に背を向けて、俺はキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。
そんな俺に口を尖らせて、凌はペンギンを元の位置に戻して頭を撫でていた。
十九の女のすることじゃない。
なぜあのぬいぐるみにそんなに執着しているのかわからない。
俺は首を傾げて、コップに注いだ麦茶を呷った。
本音を言えば、あんなものもう見たくない。
あれを買ったときは自棄になっていて、凌を追い出す前の最後の思い出づくりのつもりだった。
今思えばよくもそんなことができたと思う。
戻ってきてくれて助かったと思う。
「そんな鳥としゃべってないでさっさと飯作れ。腹減った」
リビングに声を投げ掛けると、凌が不満気な顔でこちらを睨んだ。
ようやくこちらに向いた視線に少し気分が良くなって、俺はこっそり口角を上げた。
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