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思い出に耽っていると、正面の彼が顔を上げて凌、と呼んだ。
俺はその目線を辿って振り返る。
その顔を見て、近づいてきた人物がぎょっとしたように足を止めた。
「吉田!」
無表情な顔が、珍しく驚いて目を丸くする。
「先生」
おまけ的に付け足されて、俺はしょんぼりと眉を下げる。
そんな天敵に遭ったような顔をしなくても。
せんせい傷つく。
「あんたが試食あさってんの、呆れて見てたんだぞ。誰に見られてるかわかんないんだからやめろって言ってるだろ」
「美味しかったですよ。社長も食べてきたらどうですか」
「あんな貧乏くさい真似できるわけねぇだろ」
飄々と旦那さんの隣に座る小谷に、彼は本気で嫌そうな目を向ける。
なんというか不思議な夫婦だ。
仲が良いと聞いたばかりだが、この殺伐とした空気はなんだろう。
「元気そうだな、小谷」
「おかげさまで。先生も」
「うん、俺も相変わらずだよ。今年は一年生の担任になったんだ」
「ああ、道理でますます若返ってますね」
それは褒めているのだろうか、けなしているのだろうか。
俺は生徒の好意と受け止めて、ありがとうと返しておく。
このあっさりばっさりとした口調が懐かしい。
なかなか話の実が結ばずに落ち込んだりもしたが、俺は意外と小谷と話をするのが好きだったのだ。
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