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レイモンの言う通り、ミレイユを困らせたくはない。
慣れるまで待たないといけないのはわかっている。
だけど、今まで見てきた彼女の性格から、それに時間がかかるのもよくわかる。
おそらく、ミレイユがヴィムに獅子の姿でいてほしいと思っているということも。
「七年待って、これ以上何を待てっていうんだよ……」
思わず漏らしたヴィムの溜息に、王子は可笑しそうに吹き出した。
「タダでは解放してくれないってことか。神様は厳しいなぁ。君の信仰心が足りないからじゃないの?」
「人の体をのっとったモンをどう崇拝しろっていうんだ。ふざけんな」
「本当に罰当たりな男だ」
王子はくすくすと笑いながら、姿勢を整える。
組んだ膝の上に頬杖をついて、窺うようにヴィムの顔を見た。
「神殿で暮らしたら、少しはましになるんじゃないの?」
「……それが今日の用事か」
ヴィムは眉間に皺を寄せて、王子を見据える。
王子は動揺もせずにその視線を受け止め、子供をなだめるように目を細めた。
「神殿は神の御座すためにある」
「生憎俺は神じゃない。自分の体も取り戻した」
「そうさ、君は神じゃない。だが、神に仕えるべき人間だ。オベール家に生まれたからにはね」
獣の姿でいる間も繰り返されてきた会話。
聞き入れるわけがない。
こんなところで、ずっと王家の安寧を祈祷していろというのか?
「オベールに生まれようが、神が身体に宿ろうが、俺には神の声なんて聞こえない。神が望むことなんてわからない。だから神が内にいる間は、俺の意思が神の意志だ」
言い放って立ち上がる。
常軌を逸した不遜な物言いに、王子は呆れ果てて言葉を失った。
「……ならば、意思を変えられるのは飼い主だけかな」
ヴィムの立ち去った部屋に残されて、王子はぽつりと呟く。
遠ざかっていく足音はまっすぐに出口のほうへ向かっていて、神殿の奥の神座は今日もひっそりと静まり返ったまま置き去りにされた。
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