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少し長めの髪をひとつにまとめ、ジャージに着替えて鏡を見つめる。休日を終え、今日は初めてのバレー部のお手伝いの日だ。部員の皆さんのサポートをしっかりやるんだ。わからないこともいっぱいあるだろうけど、頑張ろう。誰もいない更衣室でひとりガッツポーズを決めて、体育館へ向かう。ドキドキしながら控えめに体育館の扉を開けると、こちらに気付いた人達が挨拶をしてくれる。それがなんだか新鮮で、すごく嬉しい。

「みょうじさん、来てくれてありがとうな」

菅原さんが私の所へ駆け寄ってきてくれて、爽やかな笑顔で私に声をかけてくれた。こちらこそ、お世話になります!そう言うとまたにっこりと笑ってくれる菅原さん。すごく素敵な人だなと思いながらも歩き出した菅原さんについていく。

「清水が来るまでとりあえずここで待ってて」
「はい」
「おー、みょうじさん!」

声がした方を振り向くと、澤村さんがこちらに向かって歩いてきていた。こんにちは!と大きな挨拶をして軽く頭を下げると、菅原さんが後ろで小さな声で「真面目だなぁ」と感心したように言ったのが聞こえた。

「早速来てくれてありがとうな」
「いえ、こちらこそ!今日からよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」

そう言った澤村さんがふと、じっと私を見つめる。私は澤村さんが何かを言い出すのだろうと思って見つめ返していたけれど、澤村さんは何も言わずに私から目線を逸らさない。何か私の服装に問題があるのだろうか。あっそれとも、みょうじってジャージ似合わないなとか思ってるのかもしれない。沈黙が痛いけれど、ここで目を逸らしたら負けな気がしたから私は同じように澤村さんを見つめ続けた。

「…みょうじさんって、犬っぽいってよく言われない?」
「…はい?」
「あぁ!確かにそうかも!」

菅原さんがポンと手を叩き、澤村さんの意見に賛同していた。私が、犬っぽいと。初めて言われた。褒められているのか、はたまた別の意味があるのかわからずに眉間にしわを寄せて澤村さんを見つめると、澤村さんは笑顔で私に語り掛ける。

「人懐こいって言えばいいのかな?人見知りもしないし愛想もいいし、日向のためにバレー部の手伝い始めちゃうしな」
「そうそう!忠犬って感じ」
「…誉め言葉ってことにしておきますね」

私がそう言うと澤村さんは「褒めてるんだよ」と言ってにっと笑う。それがなんだか嬉しくて、私ははにかみながら澤村さんにお礼を言った。

「…澤村さん、褒めるの上手ですね」
「いやいやそんなことないって。お、日向来たみたいだぞ」

澤村さんに言われて体育館の入り口を見ると、翔ちゃんが挨拶をして入ってくる。今日も元気いっぱいな私の可愛い従兄弟は私を見つけると太陽のような眩しい笑顔でこっちに手を振ってから走り寄ってきた。

「ちわっす!なまえちゃんはえーな!」
「今日授業早く終わったから」
「へー!キャプテンと何話してたんですか?」
「ああ、みょうじって犬っぽいよなって大地と話してたんだ」

菅原さんがそう言うと、翔ちゃんは犬…と小さく呟いて私の顔をじっと見た。しばらく私の顔を見つめた翔ちゃんは首を大きく横に振ると、私ではなく澤村さんの方に向き直り、声を上げた。

「なまえちゃんは!犬じゃないです!」
「日向、これ性格の話だから」
「性格?」
「みょうじさんが人懐こくて犬みたいだねってこと」

菅原さんの言葉に「なんだ、性格の話か」と言った翔ちゃんは大きく首をかしげている。どうもしっくりこないみたいだ。翔ちゃんが考え込んでいると、扉がまた大きく開いて大きな挨拶が聞こえてきた。この声は田中くんだ。

「何してるんスか〜…って!みょうじさん!!」
「あ、田中くん」
「………眼福だ」

田中くんの瞳からつーっと一筋の涙が流れる。え、どうして泣いてるの!?私が慌てて田中くんに近寄ろうとしていると、菅原さんが笑顔で「ほっといていいよ、たいしたことないから」と言って私を制止した。何故田中くんは泣いているのか、何故仏の様な顔になっているのか全くわからないけれど、菅原さんが言うのならきっと大丈夫だろう。

「ちわっす!」

またまた扉が開く音がして顔を向けると、今度は影山くんが入ってきた。他の先輩に挨拶をして、こちら側にずんずんと近付いてくる。影山くんはこちらにやってきて澤村さんたちに挨拶をした後、私の前に立ちはだかった。

「みょうじさん!俺に!サーブを教えてください!」

瞳をキラキラと輝かせた影山くんが、私に頭を下げて大きな声を上げる。驚いたように見つめる先輩方がどういうこと?と小さく呟いたのを聞きながら、私は小さくため息をついた。無理だって言ったのに、彼はどうやらなかなかしぶとい性格のようだ。

「や、あの、だからね影山くん、あれは影山くんには…」
「影山テメェ…」

私が断りの言葉を継げようとしたその時、ゆらりと私の背後で何かが揺れる。ものすごい殺気に思わず振り向くと、菩薩顔だった田中くんがさっきとは全く違う凶悪な表情で影山くんを見つめていた。田中くんはそのままじりじりと影山くんに近付き、やがてものすごい速さでとびかかった。

「どーいうことなんだぁ!?ああ!?」
「みょうじさん、サーブめっちゃ上手いんで教えてもらおうと思って」
「手取り足取り教えてもらおうってか!!許さねぇぞ影山!」
「?フォームは直してもらおうと思ってます」
「そういうことじゃねぇんだよ!!」
「影山ズリィぞ!俺だってサーブ教わりたい!」
「うるせーぞ日向ボケェェ!」

あっという間に大騒ぎを始めた3人に、澤村さんの笑顔が引きつり始めた。なんだなんだと集まる視線に呆れて笑っていると、菅原さんも苦笑してその様子を眺めていることに気が付いた。日常茶飯事なのかなと思っていると、扉が開いて清水先輩が入ってきたのが見えた。

「……みょうじさん、犬っていうより珍獣ハンターの方が合ってるかもね」
「え?珍獣?…あ、清水さん来たので早速業務しますね!」
「おー。よろしくな」

菅原さんがにっこりと笑って私を送り出してくれた。私はぺこりと一礼して、清水先輩の所へ駆けていく。やがて背後で菅原さんの怒鳴り声が聞こえ、騒がしかった3人が一気に静かになった。さすがは澤村さんだと、そう思いながら私は清水先輩の前で立ち止まり、笑顔で挨拶をする。

「これからよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね」

ふわりと微笑む清水先輩の微笑みにときめきと崇拝の気持ちを感じながら私は深々とお辞儀をした。よし、これから頑張ろう!みんなが気持ちよくバレーを出来る環境を作るために!



ゆかいな仲間たち