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試合は私が想像していた以上にすごいものだった。大地さんと呼ばれる人は守備力が高く、パワーのあるスパイクも綺麗に拾っている。お店に来た男の子も無駄がなく、綺麗にブロックをしているし、もう一人の男の子も動きに慣れている。さらに、田中くんのスパイクは力強く、とてもキレのある球だと感じた。そして何よりも驚いたのは、影山と呼ばれている男の子だった。センスも、技術も、こんなにズバ抜けている人を私はあまり見た事がない。北川第一中学だったという彼は、強豪の名に相応しい強さのように思えた。そして、初めて見る翔ちゃんのバレーは、技術はつたないし上手ではないけれど、驚異的な身体能力でカバーしていて、影山くんとの速攻を見た時、私は全身に鳥肌が立った。こんなにも見入ってしまう試合は久しぶりだった。

「どう?今日の感想は」
「…すごかったです。あんなの、初めて見ました」

ついつい見入ってしまって、当初の予定では途中で帰るつもりだったけれど、結局練習が終わるまで残ってしまった。その間に清水先輩と仲良くなり、楽しくお話をしていたらなんと連絡先まで貰ってしまった。練習は面白いし、綺麗な先輩と仲良くなれるし今日は最高の日だ。

「なまえちゃんは、部活は何に入っているの?」
「私帰宅部なんです。バレーは中学でやめてしまって。今は両親が経営してるケーキ屋の手伝いをしてるんです」
「へぇ、そうなんだ。偉いね」

清水先輩のお手伝いをしながらそんな会話をする。清水先輩はあまり表情が動かない人だけれど、時々とても美しく微笑んでくれる。そんな姿に見惚れつつ手伝いを終え、体育館に戻ると翔ちゃんが駆け寄ってきた。

「なまえちゃん!今日は見に来てくれてさんきゅー!」
「こちらこそすごく楽しかった!翔ちゃん、おつかれさま!」

あれだけ動き回ったのに全然疲れを感じさせない翔ちゃんは、にっこりと笑って私にお礼を言う。ああ、なんでこの子はこんなに可愛いんだろうと思って髪をわしゃわしゃと撫でると、ふと殺気のようなものを感じた。恐る恐る殺気が放たれているであろう場所に目線を映すと、影山くんがものすごく怖い顔でこちらを見ている。私は見なかったことにしようと決め、慌てて視線を翔ちゃんに戻した。すると、3年生であろう2人が私の所へ近付いてくるのが見えたため、私は翔ちゃんから手を放して姿勢を正す。

「みょうじさん?今日ずっと練習見ててくれたんだね」
「はい。改めまして、翔ちゃんの従姉妹のみょうじなまえです。今日は見学させてくださり、ありがとうございました!」
「礼儀正しいなー。あ、俺3年の菅原。こっちは主将の、」
「澤村大地だ」

自己紹介をしてくれた先輩2人にもう一度お礼を言い、頭を下げる。とても気さくで優しそうな先輩たちだ。

「まさか日向にこんなにしっかりした従姉妹がいるなんて思わなかったべ」
「そうそう。清水も気に入ってたみたいだしな」
「あ、やっぱり?清水今日楽しそうだったよなぁ」
「清水先輩とても優しいし素敵だし、お話出来て楽しかったです!」
「それなら良かった。清水のことも積極的に手伝ってくれてたみたいだしな。仮入部1日目でこれだけ出来るのなら優秀すぎるくらいだよ」

そう言って満足そうに笑う澤村さんと菅原さん。二人の笑顔に心がほっこりしていたけれど、ふとおかしな点に気が付いた。勢いよく横を向き、横にいた縁下くんの方を向くと、縁下くんもまるで「ん!?」とでも言っているかのような不思議な表情をしていた。

「仮入部……?」
「いやぁ本当に良かった!清水ももう3年だし、後釜が必要だと思っていた所だったから。それに、清水も気に入ったみたいだし…」
「あの、すいません大地さん」
「どうしたんだ縁下」
「…みょうじ、仮入部しに来たんじゃなくて日向の試合を見に来ただけです」
「えっ」

しん、と一瞬体育館が静まりかえる。一瞬の沈黙の後、「そっか、ごめんな」と言ってくださった澤村さんは見るからにテンションが下がってしまい、なんだか申し訳ないことをした気持ちになってしまう。

「入ればいいじゃん」

翔ちゃんが私の方を振り返り、少し拗ねたような表情のままそう言う。入ればいいとは、と問い直すように声を絞りだすと、翔ちゃんは痺れを切らしたように私の両肩を掴み、ゆさゆさと激しく揺さぶる。

「なまえちゃん部活入ってねーし、バレーのルールもわかる!俺、なまえちゃんにマネージャーしてほしい!」

キラキラと懇願されるような瞳で見つめられて、思わず言葉に詰まってしまう。何でこの子はこんなに可愛いんだろうと改めて思い直し、翔ちゃんのほっぺを摘まむ。変な顔になった翔ちゃんはよくわからない言葉を発しながらも私から手を放そうとはしなかった。

「なまえちゃん!マネージャー!やろう!」
「うーんまぁ確かにそれもありかな」
「ええ!?軽っ!いいの!?」

驚いてツッコミを入れる澤村さんと菅原さん、そして縁下くんに苦笑いを返しながらぷにぷにした翔ちゃんの頬を伸ばす。マネージャーか、サポートの作業なら中学の時もやっていたし、無理な話ではない。何より可愛い可愛い翔ちゃんの活躍と、面白いバレーを間近で見る事が出来る。それに―――。私はちらりと、翔ちゃんをもう一度見る。うん、悪い話ではない。ただ、問題がひとつだけあった。

「うーーーーん」
「なまえちゃーんお願い!」
「澤村さん」

渋る翔ちゃんを私から引きはがし、澤村さんの方を向く。私は澤村さんに確認したいことがあった。受け入れてもらえるかはわからないけれど、一応訪ねてみよう。

「マネージャーの入部希望の子はいないんですか?」
「ああ、今年は一人も来ていない。清水も今年で最後だし、これから烏野が成長していくためにもマネージャーがいてくれた方が助かるとは思ってるんだけどな」
「そうですか…。あの、もし良かったらなんですけど」

少しだけ緊張し、息を飲み込んでから澤村さんの目をまっすぐ見る。聞いてみるだけ。ダメだったら潔く諦めればいいだけの話だ。

「私、中学の時バレー部でした。スコアも付けれるし、怪我の手当とかもできるのでお役に立てると思います。ただ、私家がケーキ屋で、たまに手伝いをしているので毎回部活に参加できるわけじゃないです。でも、」

なんとなく、澤村さんの目を見ていられなくて視線を落とす。真剣にバレーをしている人達に私の意見が通るかどうかわからない。でも、私は少しだけ思ってしまった。翔ちゃん、ううん、翔ちゃんを含めたこのバレー部がこれからどんな風に成長していくのかを見てみたいと。

「…毎回部活に出れるわけではないので、入部はしません。でも、出来る範囲でお手伝いしたいので、その…週に何回か、店の手伝いがない日だけ、お手伝いしに行ってもいいですか?あ、もちろん土日も、練習試合の日も、出来る限り行きます!」
「…みょうじさんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、大丈夫か?お店のこともそうだけど、授業とかも。これから結構忙しくなるぞ?それに部員じゃないと、平日の公式戦が公欠扱いにならないし」
「店の手伝いは週に2回くらいだし、慣れているので大丈夫です。勉強も、頑張ります。公欠の件は…えっと…まぁ、その時に考えます」

どうしても行きたい試合だったら、サボろう。そう思ったけれど、口に出したらいけない気がしたのでとりあえず黙っておいた。すると縁下くんがすっと歩み寄り、私の隣に立つ。

「俺はみょうじに手伝ってもらう事に賛成です」
「縁下くん…」
「みょうじ、結構器用になんでも出来るタイプなんですよ。だから大丈夫です。俺からも、お願いします」

そう言って縁下くんがお願いしてくれたおかげか、澤村さんはわかったよと言い、私と縁下くんに笑いかけてくれた。菅原さんも嬉しそうに笑ってくれて、翔ちゃんもまるで自分のことのように喜んでくれた。

「これからよろしくな、みょうじさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!…早速なんですけど、来週は水曜日にお店の方に行くので、月曜と火曜と金曜に行きますね。木曜日は17時30分くらいまでなら大丈夫です。それからえーっと…」
「ははは、しっかりしてるな。本当に日向と血が繋がってるのか?」

繋がってますよ!と言い返す翔ちゃんの声に周りから笑いが起こる。とても個性的な人が多い部活だけれど、すごく楽しそうだ。田中くんに至っては涙を流しながら縁下くんにお礼を言っていた。そんなに深刻な人手不足なら、余計頑張らないと。

「みょうじ、これからよろしくな」
「縁下くん!うん、よろしくね!それから、さっきはありがとう!」

ありったけの感謝を込めて笑顔で縁下くんにお礼を言うと、その近くにいた田中くんが倒れた。田中くんを呼びながらゆすって起こそうとする翔ちゃんと、何故か私から目を逸らす成田くんと木下くん。突然起こった出来事に動揺していると、真顔になった縁下くんが私に声をかけた。

「……みょうじ」
「はい」
「来週の部活は、マスクして来て」
「え、なんで」
「田中がもたないから」
「?」

よくわからないけれど、とりあえず来週から部活がんばります。



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