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「縁下貴様ァァァァァァ!」

ガチャリと音を立てて部室に入ると、それはもう恨みのこもった表情をした坊主が大声を張り上げた。俺は目を細め、面倒なことになったとため息をついてから既に来ていた3年生の先輩方に挨拶をする。

「縁下、お前田中に何かしたのか?」
「いや……心あたりはないです」
「どーせ田中の僻みだろ、清水関連の」

そう言って苦笑した菅原さんの隣に鞄を置き、バサリと少し音を立てて制服を脱ぐ。田中は相変わらず凶悪な表情のまま、俺にじりじりと近付いて来た。

「聞いてないんですけどォ!」
「…はぁ?」
「お前が!!学年内でも可愛いと評判の!!みょうじさんと!!親しいなんて聞いてないぞ縁下ァ!!!」
「「やっぱり僻みか」」

大地さんと菅原さんの声が重なる。相変わらず凶悪な表情のまま、俺をにらみつけるこのチームメイトに呆れてため息をついた。理由は間違いなく、今日の昼休みに起こったあの出来事だった。

「みょうじさん?」
「俺と縁下と同じクラスの女子のことです」

成田が俺に代わって2人に答える。特にそんな大した出来事ではなかったため、成田と木下にも昼休みの出来事は話してはいなかった。何が起こったのか、と不思議に思っているであろう二人の目線から逃れて、着替えを続行する。

俺と木下のクラスメイトであるみょうじなまえは、男子の間で人気だと西谷や田中が話しているのを聞いていた。会話をした回数も多いわけではなく、本当にただのクラスメイトとしか認識していなかった。ふと、昼休みのみょうじの様子を思い出す。ひとつにまとめられた柔らかそうな髪が揺れ、彼女が振り返ってこちらを見た。白い肌、大きな瞳。照れたようにふにゃりと笑った表情は、確かに俺の心のどこか隅っこの方をくすぐった。

「田中がこれだけ荒れ狂うってことは、その子可愛いんだろうな」
「…そうですね、可愛いと思います」
「縁下がそう言うなんて珍しいな」
「…昼休みに田中と二人で体育館の近くを歩いていたら、その女子が日向とバレーしてたんですよ」
「日向と!?どういう関係なんだ…」
「さっき聞いたんですけどみょうじは日向の従姉妹で、バレーをやってたそうなので日向の練習に付き合っていたらしいんですよ。で、俺が日向とみょうじに声をかけたら…」

後は御覧の通りです、と言って俺は田中を指さした。大体なんでこんなに怒られるのか意味がわからない。みょうじってそんなに人気だったっけ、と首をかしげた。

「しかもお前その後仲良くみょうじさんと教室に戻っていきやがって!」
「あれはお前がみょうじの前でかっこつけて練習相手変わるとか言ったからだろ!」
「もっとこう何かあるだろ!練習を見ていくとか!」
「知らないよそんなの…もういいだろ。ほら練習行くぞ」
「許さねえぞ縁下…!俺はこの恨み、一生忘れ「みょうじが田中くん優しいねって言ってた」……縁下様ァ…!!」

田中をおとなしくさせようと思い、放った台詞は田中に対して効果絶大だった。涙を流して感激する田中を放置して部室から出る。これから何かあったらこのネタで絡まれるんだろうなぁ、とため息をついてあの時体育館脇を田中と一緒に通った自分を呪った。そして、俺の予感は翌日、見事に的中することになる。

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「田中……何しに来たんだよ」
「縁下に会いに来ちゃいけないのかよ」
「なんだよそのキャラ!キモイ!」

翌日の昼休み、昼食をちょうど終えた俺の所に田中がやってきた。田中は一目散に俺の所へ向かい、辺りをキョロキョロと見渡した後に前の席に座る。田中が俺の所に来るなんて珍しいと思い、要件を告げられるのを待った。しかし田中は何もいわず、ただチラチラと窓際に目線を向けるだけだった。そんな田中の様子を見て、成田は呆れたように声を上げた。

「どうせ、みょうじさんとあわよくば話せないかな〜とか思って来たんだろ」
「…お前なぁ」

呆れた顔で田中を見つめて、窓際にいるみょうじに目を向ける。みょうじはカフェオレを飲みながら、友人の話をきらきらとした瞳で見つめながら嬉しそうに聞いていた。確かに、改めてよく見てみると可愛く思える。そして、みょうじから目を離すと、クラスにいる男子の中でもちらちらとみょうじに目線を送っている者が多いことに気が付いた。え、嘘だろみょうじってこんなに人気だったの!?俺が疎かっただけかよ!と軽く衝撃を受けながらも、何事もなかったかのように田中に目を向けた。

「…田中、みょうじはお前には無理だろ。だいたいお前清水先輩はどうしたんだよ」
「言っとくけどそんなんじゃねぇからな!俺には潔子さんという心に決めたお方がいるんだ…!それにみょうじさんには悪いが、みょうじさんはまだ潔子さんの域には達していない…」
「…失礼な奴だな」
「ただ…」

田中がカっと目を見開き、そのあまりの必死さに俺と成田は若干後ろに下がる。こいつは何がしたいんだ、と目を細めて田中を見つめると、田中は小さな、しかしかなり気合の入った声で俺に向かって言葉を発する。

「みょうじさんに笑顔で「部活頑張ってね」って言われたい!もっと欲を言えば!応援してほしい!」
「…欲の塊だなぁ、お前は」

目の前にいる田中は、正直に言うとうるさい。今すぐ教室に戻ってほしいけれど、この様子じゃあ昼休みが終わるまで帰らないだろう。全く、試合では肝が据わってるくせにこういう時は全くそのメンタルの強さを発揮しないんだからどうしようもない。ちらりと成田に視線を向けると、何とかしてくれとでも言うかのような目線でこっちを見ていた。小さくため息をついて目の前の田中に向き直った。

「…田中、帰りに坂ノ下で肉まんとコーラな」

ぽかんとする田中を放置しくるりと斜め後ろを振り返る。お目当てのみょうじを見るとちょうど友人が席を立ったようだった。タイミングいいな、と思いつつ「みょうじ」と声をかけると、大きな瞳が俺を捉えた。首をかしげるみょうじに手招きをすると、みょうじは席から立ってこちらに向かい、俺の目の前にいる田中に気付くと「あ」と声を上げた。

「なーに、縁下くん?あ、えーっと、田中くん?だよね?昨日翔ちゃんとの練習替わってくれた!」
「あ、ハイ!そうッス!」
「ありがとう!翔ちゃん、いい先輩に恵まれてるみたいで安心しちゃった」

にこりと笑ってそう言うみょうじが優しい声で田中に話しかける。田中はと言うと放心状態で、借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。

「日向が入部をかけて試合するって言ってただろ?そのチームの唯一の先輩が田中なんだ」
「そうなんだ!田中くん、大変じゃない?翔ちゃんの話聞いてたけどもう一人の1年生もなかなか厄介だって…」
「や、まぁ…でもあいつら頑張ってるんで、俺も先輩として、しっかり支えてやんねーと」

こんなにまじめな受け答えをしている田中は見た事がない。俺と成田は笑いそうになるのをこらえながら、ガチガチになって受け答えをする田中を見つめる。一方のみょうじはというと、にこにこしながら会話をしている。あの顔が怖いと女子に言われている田中を、ほぼ初対面の状況にも拘わらず笑顔で会話をしている。コミュ力が高いタイプなんだな、と冷静に観察してしまった。

「あの、縁下くん」

田中との会話を終えたのか、ふと気が付くとみょうじが俺の方に改まって向き直っていた。俺が顔を上げてみょうじを見つめると、みょうじは一瞬口ごもった後におずおずと口を開いた。

「お願いが、あるんだけど」



君は柔らかな女の子