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スカートの下にジャージという女子力ゼロの恰好で教室を飛び出した昼休み。体育館へ向かって一目散に駆けて行き、大きな音を立てて扉を開ける。無人の体育館の中を勢いよく突き進み、倉庫の扉を開けてバレーボールの支柱に手をかける。

とりあえず準備するコートはひとつでいいや。そう思った私は手際よく支柱を立て終えた後、小さく畳まれたネットを運び出した。一人で準備ってのは結構重労働だなぁと一息つくと、「もう来てたのかよ!」という声と共に縁下くんと成田くんが顔を出した。

「もう!遅いよ!」
「みょうじが早いんだって」

学ランの袖をまくった縁下くんと成田くんはさりげなく私の手からネットを受け取り、手早く作業を進めてくれた。そしてふと思ったんだけれど、私成田くんにはこの話をしていない。縁下くんが話をしてくれたのかな?

「成田くん、あの…」
「あーごめんなみょうじ、俺が成田にも頼んだんだ。言わない方が良かったか?」
「え!ううん!全然!ありがとう縁下くん!成田くんも、巻き込んじゃってごめんね」
「気にすんなって!俺ら同じ学年なんだし、そういうことなら協力するから」

なんでこんなにもバレー部の人は優しい人がそろっているんだろう。あまりの優しさに感激していると、再び体育館の扉が開く音がした。私が振り返ると、もう見慣れたコンビが猛スピードでこちらに向かって走ってきていた。

「うわぁ、また元気な二人を呼んだね縁下くん」
「まぁ、田中の士気を上げるには効果的だろ?」
「よくわかってらっしゃる」

競争をしているのか、互いに暴言を吐きながら進んでくる烏野バレー部の名コンビは、私たちの2メートルほど先で急ブレーキをかけて止まった。キラキラとした瞳の彼らは私の顔をじっと見て、それから勢いよく頭を下げる。

「みょうじさん!今日はよろしくお願いします!」
「お、俺も!よろしくお願いします!」
「…縁下くん、なんて言って声かけたの」
「本気を出したみょうじとバレーの試合しないか?って」

にこにこと微笑む縁下くん。彼はきっと将来良い参謀になるだろうと、彼の口の上手さに感心しつつ私は二人によろしくねと声をかける。ギラギラと闘志を燃やす二人をよそに、私は縁下くんと成田くんの方を向いた。

「チームはどうする?」
「あぁ、俺と成田とみょうじ、田中と影山と日向で組ませようと思って」
「えっ!私あの変人速攻に対抗なんか出来ないよ!?」
「大丈夫大丈夫」

縁下くんはそう言って、私と成田くんを手招きする。縁下くんは私の目線に少し合わせるようにかがんで、小さな声で私に話しかけた。

「俺たちがあいつらを止めてやるとは言えないけど」
「けど?」
「ちゃんと支えるから、みょうじのこと」

縁下くんのその言葉に、がしっと心臓を鷲掴みされたような気持ちになった。隣の成田くんも同じようにときめいたような表情で縁下くんのことを見ている。どうしてこんなに優しいかなぁ縁下くんって。私と成田くんは一度顔を見合わせ、互いに頷きあってからがしっと縁下くんの手を掴んだ。

「縁下…!」
「一生ついていきます…!」
「うわっ!なんなんだよお前ら!」

縁下くんは私たち二人の手を軽く振り払うと少し呆れたようにため息をついた。なんだろう、最近ちょっと縁下くん、優しいのは変わらないけれど私に対する扱いが少し雑になった気がする。じとりとした目線を送ると、縁下くんはそんなもの気にもとめないような表情でちらりと体育館の入り口に視線を向けた。

「来た」

縁下くんのその言葉で、私は一気に扉の方へ集中する。扉が控えめに開き、やがてそこから木下くんと田中くんがひょっこりと顔を出した。

「うお!また大勢そろってんなぁ」

田中くんが驚いたような表情をして声を上げ、やがて私と目が合った。田中くんは私を見つめたまま動きを止め、そのまま動かなくなる。痺れを切らした私はその場から離れ、田中くんと木下くんの前に立ってぐいっと二人の手を引いた。

「来てくれてありがとう!バレーしよう!」
「…はい?」
「私がね、お願いしたの!私もみんなとバレーしたいって」

ちょっとだけでいいから、お願い。そう言って二人を引っ張って縁下くんの元へと向かう。ちょっと強引だけど、これが私と縁下くんの作戦だった。

田中くんに距離を置かれているように思えて、それが少し寂しかった私は、どうしたら田中くんと仲良くなれるのかを相談した。縁下くんはすごく真剣に考えてくれて、そして「田中くんと真剣なバレーの勝負をすれば、前よりは仲良くなれるかもしれない」という結論に至った。題して「ライバルとして認め合え!熱血!真剣勝負大作戦!」である。

あの田中くんが私相手に本気で勝負してくれるのかという不安もあったけれど、私が体育の授業でバレーをする姿を縁下くんは偶然見ていたらしく、大丈夫だろうと言ってくれた。私は今日、田中くんに本気でぶつかっていかなければならない。この日のためにちょっとだけ練習もしたし、体調もばっちりだ。

強引に田中くんをコートの向こう側に押しやり、私は縁下くんの指示通りサーブの位置に着く。ギラギラとした瞳で私を見つめる影山くんと翔ちゃん、そして状況を理解できていない田中くん。なんだか面白い光景にちょっと吹き出しそうになりながらも、私はボールを持つ手に力を込めた。

「俺がみょうじさんのサーブ取ってやる…!」
「ずりーぞ影山!俺が取る!」
「???」

相変わらず何が起きているのか田中くんはわかっていないようだ。田中くんごめんね。でも私、ちゃんと田中くんと本音で話し合える仲になりたいの。チームメイトとして。

コートの外にいた木下くんが、私にすっと何かを差し出した。木下くんが差し出したものは、プラスチック製の小さなメガホンだった。どこから差し出したんだろうと疑問に思いつつ、そっとメガホンを受け取る。それをゆっくり口元に近付け、私は大きく息を吸った。

「おい田中!!」
「!?」
「私は本気でバレーするから!女子だからって手加減しないで!本気で打ってきて!」
「みょうじさん!?何!?どういうことだよこれ!?」

動揺する田中くんの姿を確認した後、よしと頷いてから木下くんにメガホンを渡す。そして再びボールを手に取り、向こう側のコートに視線を向ける。

張り詰めた空気の中、すっとボールを持った手を上げる。ゆったりとしたモーションから流れるようにボールを高く上げ、追いかけるように駆けだした。足に力を入れて飛び上がり、勢いよくボールをネットの向こう側へ叩き込む。上手い具合に田中くんの元へ向かった私のボールは田中くんの腕に当たる直前で少し軌道を逸らし、はじかれて大きくコートの外へ飛んでいく。

「うおおおおおお!なまえちゃんすっげーーーー!」

叫び声をあげた翔ちゃんに笑顔を向け、それから田中くんをまっすぐ見据える。さっきまで混乱していたような表情をしていた田中くんは呆けたような表情をしてボールを見つめ、そしてこちらを見つめ返す。その瞳はさっきの物とは全然違う、火が付いたような表情だった。

私は満足げに微笑む。そしてもう一度田中くんに向けてサーブを打ちこむために、ボールを持つ手に力を込めるのだった。



戦闘開始