ナンパしに行って帰って来ない出井とか、知らない間にいなくなってしまった藤原さんとか。
別れてしばらく経つのに心を乱すアイツとか。
純情ぶって偽善者ぶってるアイツの後輩とか。
酒と汗の臭いが充満してる電車で、目の前で幸せそうにしてるカップルも、薬指に指輪を光らせてるサラリーマンも、大声で電話してる若い女の子も。
言ってしまえば、全てに腹が立って仕方がなかった。
終電までまだ時間があるにも関わらず、乗車率は高めだった。
出井にはメールだけ入れて、勝手に店を出てしまった。
奴は奴で楽しんでるんだろうし、あの場所にいても、もう気が晴れることもないだろうと思って。
暗く反射する電車の窓に写る自分の顔は、トイレで見た時と同じように情けない。
いつからこんなに弱くなったんだろう。
恋をして強くなる、なんて言ってたのは女友達だったか。
俺は本当に駄目だ。
駄目で仕方ない。
アイツのことを、偉そうに、前に進めてないと思ったのは昨日のことなのに。
進んでないのは俺も同じじゃないか。
見ない振りをして。
気づかない振りをして。
傷つくのが怖くて、傷自体をなかったことにしたくて。
ーーいや、違う。
傷つく事実を認めたくないだけだ。
浮気されて、その相手の方が良いとか思われるのが嫌だったんだ。
自分が出来ないこととか、知らないこととか、そういう部分で優劣をつけられるのが許せなかったんだ。
アイツがそう思ってたとかじゃない。
俺自身のちっぽけなプライドだった。
男同士、なんてマイノリティで。
誇れるものなんて何もなくて。
好きだっていう気持ちだけじゃ何も出来ない、そう思い込もうとしてた。
誰かに制限されても大丈夫なように、自分で予防線を張っていた。
いつか別れても、平気なように。
これは当たり前のことだから仕方ないって、諦めがつくように。
人を好きになることは、アイツを好きだってことは、そんな浅いことなんかじゃなかったのに。
理性的に整理が出来るほど、単純なことじゃなかったのに。
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