男と付き合ってた。
そいつはお前も知ってるアイツだ。
アイツは同じ相手と何回も浮気して、堪えられなくて別れた。
別れたら意外と辛くて、そんな自分にショックを受けてる。
整理すれば単純なことだった。
でも俺は言葉に出来ない。
言ったら何を言われるか、どう思われるか。
そんなことが怖くて、何も言えない。
ニヤニヤと笑う出井を見る俺は、きっと恨めしげな顔をしている。
「マジで何もねぇから」
「じゃあ何で誘ったんだよ?」
「だから、飲みたい気分なのっつってんじゃん」
出井は嘆息しつつ天井を仰ぎ見て、それでもそれ以上は突っ込んでこない。
単純に、ありがたいと思った。
それからは他愛もない話。
俺がアイツを連れて帰った後のカラオケが盛り上がったとか、マイさんが俺を大層気に入ってたとか。
適当に相槌を打って、俺はビールばかり飲んでいた。
「お前目ぇどした?腫れてっけど」
もう何杯めかも分からないビールと、灰皿に山になった吸い殻。
そういえば、と今更のようにまた聞かれたのは、普段し慣れない眼鏡のことで。
「あー……映画見た。あの、犬のやつ」
「嘘ばっか。あれ全然泣けねぇっつってたじゃん」
「……そんなことなくない?」
簡単な嘘は当たり前にバレる。
出井はわざとらしくため息をつくし、俺も微妙な笑みしか返せなかった。
「まじでさ、何かあったんなら言えよ。聞くくらいは、するし」
そんな優しさに泣きたくなる。
胸の内を吐き出せば、きっと楽になれるんだろう。
でも、出来ない。
出来ないけれど――少しだけなら。
「出井さ、すっげー好きだった奴ともうダメだってなったら、へこんだり、泣く?」
ぽつりと言ったことに、出井は一瞬だけ目を細めて、それから困惑したように目を泳がせた。
「どうかなー。その、すっげー好きってのはまだないし」
「はいはい、お前ってそういうチャラい奴ですよね」
「失礼な!俺のポリシーは、みんな違ってみんな好き、だからね」
茶化しながら、それでも出井の視線は暖かい。
緩んでる涙腺をごまかしたくて、笑ってビールを飲み干した。
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