「一つ提案があるんですが」
いつになく真剣な面持ちで春日が言った。
ソファの上、俺の隣りで律儀に正座までしてる。
「……なに」
大体コイツが真面目な顔をする時は、ろくでもないことを言うんだ。
いつだったか、大真面目に裸エプロンをしてくれと頼まれた時には、本気で殴った。
「僕たちは付き合って三ヶ月が過ぎましたね?」
「と思うけど?」
そういや記念日とかあんまり気にしてなかった。
まさかそのことで怒ってたりするのか?
でも春日は、一つ頷くと言葉を続けた。
「君は僕を何と呼んでますか?」
「……春日」
「そう!そうです!」
なんかテンション高くないか。
分からない振りして首を傾げると、低予算のバラエティーみたいなノリで、春日が言うところの提案とやらをまくし立てられた。
「付き合って三ヶ月も経つのに、未だ苗字呼び!初々しくってそれも良いんだけど、そろそろ僕は特別になりたい!」
「はあ。ていうか、さっきから口調がキモいんだけど」
「……んもー、ちょっとはノってくれよ」
拗ねたように正座を崩して、今度は体育座りをする。
尖らせた唇が子供みたいでちょっと可愛い。
思わず笑ってしまうと、何、と横目で睨んできた。
「全く、ねー。じゃあ、どう呼ばれたいんですか?ヒロくんは」
あやすように頭を撫でれば、途端に笑みを浮かべた。
単純なんだよな、と思う。
学校とか、外で見せる顔と二人きりで見せる顔、どっちがホントかなんて馬鹿なことは考えない。
だって、どっちもホントだろ?
「……外でも呼んで」
「嫌だし。気色悪ィ」
今度は俺が顔を背ける番だった。
外でもこのテンションとか無理だし。
ていうかアンタが無理だろ。
さっきの春日みたいに横目で視線をやると、春日はいたずらっ子みたいに笑った。
「キスして良い?」
「……押し倒してから聞く?」
「山、あー……ナオ、キスするよ」
別に呼び方を変えたところで、何が変わるわけでもない。
だけどそれで、目の前の恋人が喜ぶんなら、それも良いんだろう。
頬が熱くなってる気がするのは、狭いソファの上で押し倒されてるせいで。
今までと違う呼び方をされたせいでは、もちろんない。
ということにしておいて欲しい。
「ナオ、顔真っ赤」
「……言うな馬鹿」
形だけの抵抗なんて無意味なのは分かってる。
それでもせずにいられないのは、単に恥ずかしいからだ。
だけど嫌いじゃない。
わざとキツく結んだ唇に、春日の唇が降りてくる感触がして、俺はそっと目を閉じた。
俺の中に簡単に入り込んだ春日も。
そんなアイツを受け入れてしまう自分も、嫌いじゃない。
嫌いじゃない。
多分、いやむしろ、好きだ。
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