怒りに任せて玄関のドアを蹴り上げた。
重い金属が酷い音を立てる。
酔い潰れたままのアイツが、少しだけ身じろぎをした。
後輩は泣いていた。
しゃくりあげながら、ごめんなさいと繰り返す。
だけど本当の意味なんか、分かっちゃいないんだ。
俺が泣きそうなほど頭にきてる理由なんて。
伝わらない。
伝えたくもない。
「……ホント、ふざけんな」
吐き出す息が震える。
奥歯を噛み締めても、少しでも気を緩めたら涙が溢れそうだ。
握ったままだった部屋の鍵を、アイツに放り投げる。
平和そうに寝息を立ててる。
今の空気に全然そぐわない姿は、ひどく滑稽だった。
俺の名前を呼ぶ声が好きだった。
つまらない悪戯を仕掛けてきて、反応伺ってる顔が好きだった。
長い睫毛も形の良い唇も、触り心地の悪い傷んだ髪も、みんな好きだった。
部屋の外じゃ手を繋いだこともない。
当たり前だ、男同士で堂々となんて、出来るわけないし。
でも、それでも良かった。
誰にも言えなくても、幸せだと思ってた。
ずっと、なんて思ってなかった。
でもこんな終わり方も、想像してなかった。
まだ好きと言われてこんなに苛立つのは、きっと俺もまだ好きなんだ。
きっと、好きだった。
けど、もう耐えられない。
俺が欲しかったのもアイツの笑顔で。
俺だけを見てくれるアイツだった。
「もう、さ。二人でやってよ」
関わりたくない。
まだ好きだなんて思いたくもない。
手に入らないものを欲しがって動揺したくない。
欲しいものを絶対に手に入れられるほど、強さもない。
だったら諦めて、無かったことにするしかないよ。
部屋を出る瞬間に一度だけアイツを見た。
怖いほど整った顔で、口を半開きにしている。
寝顔は子供みたいだとずっと思ってたことを、今更思い出した。
そう。
きっと今日のことだって、そうやって簡単に忘れる。
忘れて、たまにふと思い出して。
その頃には懐かしむことも出来るだろう。
時間が必要だろうけど、そんなもん簡単に過ぎていく。
背中にドアが閉まる音を聞いて、俺は振り返らずに歩く。
情けないけど、涙は止まらなかった。
ああ、あの時も。
俺は泣きながらアイツの部屋を出たんだった。
晴れた空を見上げても、都会の夜じゃ星なんてひとつも見えない。
なんだか無性に、悲しかった。
end.
20110322
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