※未来設定/同棲

ありえないほどの喧嘩をした。
正直理由らしい理由はない、と思う。ぶっちゃけこんな風になる程の火種があったとは思えない。それでもアイツがこの夜中に出ていくなんて泣き騒いで本当に飛び出していこうとするもんだから、アイツの代わりに俺が外に出た。だって危ねぇだろ。夜中に出ていくとか、いくら大喧嘩したからって許すわけあるか。

街灯に照らされながら何が原因だったのか、ぼんやり歩きつつ考える。一緒に暮らすようになって、お互い必死に生きて祓って、そうしていけば生活にズレも生まれるし譲れないものも出てくる。家事をこなす上で起こる些細なトラブル、ストレス、そういうものの積み重ねだったんだと思う。別に嫌いになったとか、そういうことじゃない。生活の中のノルマに食い違いが生まれてそれがまとまって爆発したんだ。こんな風になるほどのデカい火種はなかったものの、結果として小さい火種が群れを成して燃え広がって大爆発した。俺もアイツも、疲れていたからそれを大人しく鎮火することが出来なかった。それだけの話だろう。

外の空気に一人で当たりながら歩けば少しずつ頭に昇った血も落ち着いて、冷静になれた。考え事をするには歩くのがいいって誰かが言ってたな。どうやらマジらしい。
あんまり長引かせるのは得策じゃないだろう。俺もアイツも、昔からこういうことには頑固な方でずるずると引きずっては虎杖や釘先に助けられてきた。もうあの頃とは違う。それなりに大人になったんだ、このくらいの事自分たちで乗り越えていかねえと将来どうするんだ。

「……将来、」

思わず口に出ていた。自問自答を繰り返していくうちに導き出された言葉が反響する。
そうだ、アイツがどう思ってるかは知らねえけど、ずっと俺はアイツとの将来のことを考えてきた。同棲だって、その一歩として俺から持ちかけた。結果として今大喧嘩に発展してるものの、だからと言ってこの同棲を解消するつもりもなければ、アイツとの将来を曲げるつもりもなかった。自分で自然に考えていたことが突然重みを増して俺に言い聞かせるように落ちてくる。
俺はもう完全にアイツと生きていくつもりで出来上がっていた。
アイツはどうなんだ。

そう思った瞬間、反射か本能か、宛てなく歩いていた日本の足が来た道を駆け足で辿った。



「……何、泣いてんだよ」
「……泣いてないもん」

アイツを一人残した部屋に急ぎ足で帰れば、出ていったままの部屋の真ん中で膝を抱えてソイツは泣いてた。ずき、と心臓の近くが痛んだ。
俺の帰宅を目の前に、ついても仕方の無い嘘をついてぐしゃぐしゃになった顔を勢いよく袖で拭う恋人に、きっとコイツももう喧嘩のことなんか覚えちゃいないだろうと思った。
座り込む恋人の傍にゆっくり近寄って向かい合うように腰を下ろせば、拒絶するかのように抱えた膝に顔を埋めてしまった。まあでも、あっちに行けと暴れないあたり拒絶されているわけではないんだろう。

「なあ」
「……なに」
「俺はお前と結婚したいと思ってる」
「っは……、え……?」
「お前は?」

ムードだとかタイミングだとか、そういうのを汲み取ってどうこうするのは得意じゃない。ましてや今の俺にそんな余裕はない。単刀直入に結論から言えば、勢い良く顔が持ち上がって大きく開かれた目が俺を見つめた。明らかに驚いた表情の恋人の目は赤かった。

「一緒に暮らせば嫌なもんもそりゃ見える。些細なことも積もればこうやってデカくなる」
「……」
「それでも疲れてるときに、お前が居たらやっぱ違うし。こうやって大喧嘩しても、お前と住むの辞めようとか一切思わねえ」
「め、恵……」
「すぐ仲直りしねえとって、思った。こんなことで愚図ってたら、将来どうすんだよって思った。……お前は?」

捲し立てるように言えば大きく開かれた目から大粒の涙がぼろりと零れるのが見えた。それはまるでダムが決壊したみたいに止めどなく溢れ出して抱えた膝を濡らしてった。伴って漏れ出る嗚咽が苦しそうで、その涙を親指で拭ってやるとコイツの小さい手が俺の手をぎゅっと掴んだ。

「め、めぐみが、帰ってこなかったら……どしよって……思った……っ」
「……ん」
「めぐみに、恵に嫌われちゃったかなって……っ怖くって」

震えた声が少しずつ俺に向かって投げられる。どんどん溢れる涙が俺の手も濡らした。握られた小さな手は暖かくて柔らかい。
俺に限らずコイツも、何に怒ってたかなんかそんなことはもうどうでも良くて、早くなんとかしなきゃならないと思っていたらしい。それだけで心底安心した。家に帰って早々に、またキレられる可能性だって十分あった。それでもちゃんと話し合うつもりで居たが、俺たちは存外単純な生き物だ。些細なことの寄せ集めより、隣に居た存在の不在の方がよっぽど恐ろしい。

「お前が俺を本気で嫌わない限り絶対ここに帰ってくるし、俺はお前が好きだ」
「っわ、私だって……!」
「なんだよ」

お互いちゃんと言葉にしておくべきだ。言わなくても解ることも、言葉にして、言質にして、無駄な不安を今後抱かないために。俺もコイツも、今後何があってもお互いの言葉を信じられるように。話はそれからだ。今日あった喧嘩の内容は後で精査しよう。そうやって二人で新しい形を作っていけばいい。二人で生きていく在り方を二人で決めていけばいい。
言葉を詰まらせた恋人を急かすように両手で涙で濡れた頬を包んで視線を合わせる。真っ赤な目は泣き止む方法を忘れてしまったようだった。

「……私だって、恵と結婚したい……」

か細い声が確かに俺にそう告げた。
ありがとう、と思ったままに言葉を返して吸い込まれるようにキスをした。

「……仲直り、しよ」
「ん、そうだな」

惜しみつつも唇を離せば、ぐしゃぐしゃに泣いていた恋人が鼻を啜りながら甘えるように俺に飛び込んできた。しがみつく身体にそっと腕を回せば、俺の胸に頭を擦り寄せてくる。

「ちゃんと話し合おう、どうやって生きてくか」
「……そうだね、二人で生きてくんだもんね」

くしゃくしゃと頭を撫でてやれば少しだけ声色に明るさが戻る。これで一件落着と言っていいだろ。

「まずは昨日しつこくしてきたところからね」
「……いやそれは」
「ちゃんと話し合おうね」
「……悪かったって言ってんだろ……」

前言撤回。問題は想像より山積みかもしれない。

未完成で愛しい僕ら
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