「わたし、将来すぐるのお嫁さんになる!」

そうやって私の後をついて回ってきた幼馴染は、高校生になったって変わらず私の後をついてくるけれど、仕草の一つ一つが壊れ物のようで、たまに伏せられる瞼が繊細で、女性らしく成長した身体が別人のようなのに、あの頃の幼い笑顔をちらつかせるように笑う。
この子には私がついていてあげないと、そんな風に思うようになったのはいつだったか。それを自覚した時は単純に世話を焼いていただけかもしれない。正直な話、誰がどう見ても私の幼馴染は危なっかしいからね。放っておくと何処かにフラフラと消えて行ってしまいそうだから、私がその手を握っておいてやらないと、と思ってしまう。それがただ彼女の危なっかしさ故に世話焼きな性分が手を出してしまうのかと聞かれると、それだけでは無いだろうと今ならはっきり言える。

私の知り及ばぬうちに、彼女は綺麗になった。いや、知り及ばぬと言うのは少し違うか。近くに居すぎた為に、そのほんの少しずつの変化に気づくことができないままここまで来てしまった。まだ私と彼女の年齢を片手で数えられた頃から、お互いのテリトリーの中に必ず存在した私たちは自身の成長も、相手の成長もはっきりと気づくことが出来なかった。当たり前だろう、その緩やかな流れなんて意識できないくらい一緒に居たのだから。今も傍に、居るのだから。
彼女が少しずつ大人に近づいていることをまざまざと見せつけられたのは、高専に二人揃って入学して暫くしてからのことだった。
彼女の唇の色が紅く塗られるようになったこと、彼女の体つきを見て悟がああだこうだと下らない評価を付けたこと、彼女が任務で助けた一般人から交際を申し込まれたこと。それら全てが、私に彼女はいつまでも幼いままでは居てくれないのだと教えた。
当たり前だ。かく言う私もこうして立派な一人の男として十分な体格に育ち、年齢相応に一人の人間としての自覚もあるつもりだ。悟と街を歩けば女性に声を掛けられることにももう慣れた。そんな私と同じスピードで生きてきた彼女が、私に比べて幼いままだなんてあるわけが無いのだ。
今思えばそうやって理解が及ぶのに、どうしてこうなるまで気づくことができなかったのかと言われると、言い訳にしかならないかもしれないが、それは彼女の言動に所以すると私は思っている。
何をするにも私の真似をして「傑がやるなら私もやりたい」と駄々をこね、「傑が行くなら私も行く」と何処にでもついてきたし、「傑が大好き」と屈託なく笑う。全部あの頃のまま。彼女は一人の女性として確実に変わっていってしまっているのに、私に対する何もかもがあの頃となんら変わらないままだった。
私もそれを良しとしたし、変わる必要なんて感じたこともなかった。考えたことすら、無かったのだ。
変われなかったのだ、私たちは。私たちという箱の中において。

「最近傑、元気ないねえ」
「……そうかな、任務が続いたからかもしれないね」

それでも私も彼女も、たった一人の個としての変化を免れることは出来なかった。生きていく環境がどれだけ同じであっても、経験することに違いが生じれば自然と人としての道は違われた。
胸の内の奥深くに少しずつ湧き出る新しい価値観は、根明で楽天的な彼女には相応しくないだろうと思い、それならばどうにかしまい込んで自分の考えを彼女に沿わせてしまおうともした。それが完璧にできれば何も苦労はしなかった。
彼女は泣くだろうか、それとも怒るだろうか。もし私が本当に道を違えたとき、彼女はどうやって生きていくのだろうか。そう考えるようになったあたりから、もう私は変わってしまったのだと思う。世界の全てが自分よりも強くて大きくて、二人で手を繋いで精一杯その生を謳歌していた幼い頃から、たった一人の個として。

「……傑、何か隠し事してない?」
「私が……?まさか、そんなこと」

たまにゾッとするんだ。私に手を引かれるがまま、私だけを信じてついてきた彼女が私の想像を超えたことをすると、やはり彼女も私と同じで変わってしまったのだろうと。私の目に見えないくらいの変化を汲み取って一直線に核心を穿つ彼女が恐ろしい。特別な目を持つ悟にだって見えない変化を、彼女は一体どうやって見ているのだろう。
いっそ私の変化全てを見通してしまってくれれば楽かもしれない。私はどうやら、君のことになると臆病らしい。生まれて初めて私たち二人の間に生まれるだろう変化に戸惑っている。君がどんな反応をするのか考えると、どんな風に言葉にすればいいのか、どれが一番正解に最も近いかと悩んでしまって辿り着かない。
嗚呼、お願いだから変わらず、私の傍に居たいと笑って欲しい。

「……まだ、将来私のお嫁さんになりたいって、言ってくれるかい?」

気がつけばそんなことを口走っていた。なんの脈絡もない、私からの問いかけに彼女はきょとんとしていた。無理もない、口走った私でさえ驚いている。いくら気に揉んで居たからってこんな切り返し、普通無いだろう。いよいよ私も来るところまで来たのだなと思った。
彼女は私をじっと見つめたあと、いつもより更に蕩けるように笑って見せた。

「うん、将来は傑のお嫁さんになりたい」

私の深淵を探るようだった彼女と打って変わって、ほろほろと綻ぶように笑う彼女は「知ってるくせに〜」と楽しそうに付け加えて言った。

「……本当に?私がどんな風に変わっても?私と居るせいで地獄を歩むことになっても?」
「あはは、何それ〜こわいよ〜」
「大袈裟なことを言ったけど、君には危機感が足りないからね」
「傑が私の事をずっと好きで居てくれるなら私はずっと傑と一緒に居るよ〜」

間延びした彼女の声がひどく心地よくて目眩がした。
何も知らないで、そう言い切ってしまえる彼女に一体どのくらいの覚悟があるかは私にはわからない。それでもその言葉一つを人質に取ってしまえたような気持ちになった。
だから君には危機感が足りないって言ってるんだよ。そうやって安請け合いして、私みたいな男に捕まるんだ。心配で不安だからやっぱり一人には出来ない。

「そっか、……そういうことなら私は絶対離してやれないからそのつもりでね」

変わらないでと願う私に、変わらないと言質を寄越した彼女。
変われなかったんじゃない。変わらなかったんだ。きっと私たちがそれを望んだんだ。この箱の中は限りなく楽園に近い場所で、支え合って手を差し伸べあって生きていく、そんな美しい所なんだ。そんな風に何もかも私の都合の良いように受け取ってしまってもいいだろうか。

「……結婚、しようか」

そんな綺麗な言葉で縛り付けていいとは思わないのに、そうしてまでも自分の傍に繋ぎ止めて置きたいと思った。
地獄の果てまで一緒に居よう。いつか辿り着けるはずの楽園に、君が居なくちゃ意味は無いから。

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