「これ、着けてて欲しいんだ」

片想いすること一年、晴れてお付き合いを始めて今日でようやく一週間、私の目の前に座る恋人、乙骨憂太くんはそう言って中身の想像が容易くできる綺麗な箱を私に差し出した。

「……えっ、と……これって」
「僕がつけてもいい?」

憂太くんは私の困惑等受け取りもせずにニコニコと笑いながら話を進めていく。彼は私に差し出した箱をもう一度手元に戻してゆっくり開けた。
まだ付き合いだして一週間、そんなまさかとは思うものの、その箱の大きさや作りを見るに中身はきっと指輪だと思う。そうじゃなかったらピアスだろうか。でも私、ピアス開けてないし。じゃあイヤリング?
どうしてそんなに驚くかって、何度も言うけれど私と彼はまだ付き合って一週間で、そもそもこの交際だってまだ信じられていないからだ。彼には絶対的かつ不可侵的な存在が幼い頃から居て、傍に居なくともその面影がチラつく。私は恋をする前から、彼に失恋していたと言ってもあながち間違いではないと思っていた。優しく、強く、眩しく笑う彼に恋をするのは簡単なことだった。一年も彼に片思いを募らせ、「言わなかった後悔は一生引きずると思うよ」と恩師でもあり、いつの間にかそのポジションを確立していた良き相談者である五条先生に背中を押されて、呪術師だろうか年齢相応に青春を謳歌してやろうと告白したのだ。玉砕覚悟で挑んだ告白は、どういうわけか実を結んだ。正直なところ、夢でも見ているのかもしれないとまだ思う。
この関係がもしかすると夢かもしれないと疑う私に、彼から指輪なんて渡されてしまえば驚くのも当たり前だと思う。私と憂太くんでなくても、一週間で指輪を渡されるなんて世間的にもあまりないことだと思う。私の困惑も驚きも、至極普通のことだろう。

憂太くんは開けた箱の中からきらりと輝く小さなシルバーを取り出す。綺麗な円形を親指と人差し指で支えた彼は、それを私に見せるように翳す。ああほら、やっぱり。これが指輪じゃないならなんなんだ。
彼は片手で小箱を閉めて脇に置き、空いたその手で私の手を誘う。いくらなんでも些か早過ぎないだろうか。だってまだ一週間だし、どう見ても高そうだし、本当に私が貰うに相応しいものなんだろうか。

「左手、貸して欲しいな」
「ひ、ひだり」
「うん、左」

彼の空いた手をじっと見つめるばかりの私に、憂太くんは優しい声で催促した。左、左か。指輪、それも左手。左の一体どの指にその指輪をつけろというのか。そんな野暮なことは聞かないけれど。
大人しく彼の言葉の通り左手をそっと差し出す。困惑しているし驚いているものの、ここで受け取らない理由は私にはない。だって万々歳だ。彼から指輪を渡されるなんて、願ったり叶ったりだ。この関係がいつかそういう風に進めばいいと夢見たものだ。彼が指輪を私に渡した理由はわからないけれど、私の価値観において恋人から貰う指輪というのは一等特別なもので、それを左手につけるということはさらに理由を持つ。それら全ては私にとって素晴らしいことで、身を焦がした相手から貰えたとなれば受け取らない選択はないだろう。
だから私は少し戸惑いつつ、でもどうやっても喜んでしまう心を沈めつつ、ドキドキしながら左手を差し出された彼の手に重ねた。憂太くんは私の手を柔らかく包むと、予想通り眩しい円を私の薬指にはめた。

「わあ、……憂太くん、これって……」
「似合ってるよ。気に入って貰えたかな?」
「も、勿論……! でも、あの……どうして?」

薬指に通った指輪はサイズぴったりだった。周りの光全部を吸収しているように輝くそれが美しくて思わず声をあげた。そんな私の反応を見て憂太くんはさらに柔らかく微笑んだ。
反射を楽しむように左手を傾けたり、持ち上げたり、翳してみたりする。ほのかに感じるその重さがとても高級なものに感じて触れることは出来なかった。

「……もしかしてこういうの嫌だった? ごめんね、もし嫌でもつけてて貰えないかな」
「嫌なんてそんな、そういうことじゃなくて……私たちまだ付き合って一週間……だよね? ちょっと早いなって吃驚して」
「ああそっか、うん……まあ確かに普通よりちょっと早いかもしれないね」

彼から返ってきた言葉に、これは単なるプレゼントではないのだろうと察してしまった。相変わらずニコニコと私を見つめる彼に、さっきまで感じていたドキドキとはちょっとだけ感覚の違うドキドキ。
好きになってから気づいた。憂太くんはちゃんと男の子だし、男の人なんだ。

「僕、日本を離れてることが多いから」
「……うん」
「君には、僕っていう決まった人が居るって、誰が見てもわかるようにしたい」

光で遊ばせていた左手の指先を憂太くんはそっと手に取る。薬指に視線を落とした憂太くんの睫毛が繊細な光を帯びて艷めく。彼に触れられた指先が少しずつ熱を持って、心臓もどくどくと音を立てた。

「君が何処に居たって僕を思い出すように、君が誰と居たって皆が君に手を出せないように、つけてて欲しいな」

ちゅ、と小さな音をたてて彼は私の薬指にキスをした。まるで王子様のような所作、恥ずかしげもなくさらりとやってのける彼に、かっと顔が熱くなった。
夢を見ているのかもしれない。有り得ないほど都合のいい夢。例えこれが夢だったとしても、いい夢を見たと幸せな気持ちになれる気がする。でも指先に、顔に篭った熱も、彼の唇の感触も、この指輪の重さもしっかり確かに存在していて、これが現実だと言う。ああ、どうしよう。こんな幸せ私には少し勿体ないのでは。身分不相応な幸せだ。

「……あ、ありがとう……とってもとっても、大事にします……!」

はち切れそうなくらい一杯に膨らんだ胸をぐっと抑えて、ありったけの想いをこめて、憂太くんからのとびきりの愛情を受け取った。
さっきまで一週間なのに、とか。高価なものに見える、とか。あれこれ考えていたくせに。私は憂太くんに完全に惚れ込んでいるのだから絆されるのなんてあっという間だった。ここでこんな高価なもの貰えないとかちゃんと遠慮してみせるべきだったかもしれないけれど、考えるより先に喜びが私を口走らせてしまった。無理もない、私は今幸せの絶頂に居る恋する女子高生なのだから。
憂太くんは先程までと打って変わって感激する私を見てクスクス笑った。

「ふふ。うん、そうだね。もう少し大人になるまで大切にしてやって欲しいな」
「え?」
「結婚指輪は一緒に選ぼうね」

ああもうダメだ、キャパオーバー。死んでしまうかもしれない。
憂太くんの言葉に頭が真っ白になって、多分一瞬世界は止まった。結婚指輪、けっこん、ケッコン、結婚。頭の中にそれだけが響いた。

「け、……けっこん、」
「うん」
「……結婚……してくれる、の……?」

胸の内側で大暴れするこの感情の名前が解らない。私は今何を思って何を考えているのかも分からない。
ただ、目の前に広がる世界がとびきり美しく感じるのは、全部憂太くんのおかげだってことだけはちゃんと分かる。

「ええ、それは僕の台詞だよ。……結婚、してくれる?」
「う、ぁ……す、する……します……!」

喜びか、声が震えた。やっぱりこれは夢かもしれない。そうじゃないなら一体どんなドラマだ。シンデレラも驚きの展開。一年間の片思いが実を結んだどころの話じゃない。
感動に打ちひしがれる私を憂太くんはそっと撫でた。私よりずっと大きい手はやっぱり男の子だった。「良かったあ」と彼はいつもの子犬のような声色で言った。

「……なんだか、都合のいい夢見てるみたい」
「夢?」
「だってこんな、突然幸せばっかり舞い込んできて……ちょっと信じられないや」

玉砕覚悟の告白が上手くいったことだって信じられないくらいの幸運だと思っていたから、彼の方から未来の話を聞くことなんか想像もしてなかった。一人でそんなことがあればいいのにと考えることはいくらでもあったけれど、まさか現実になるなんて、それもこんなに早く。だれが一体どんな魔法を使ってくれたのか。魔法にかけられてしまっているに違いない。そうじゃなかったらこんなストーリー、簡単には成り立ちやしない。
夢現な私は完全に浮ついていた。ふわふわと頭も心も揺蕩う。そんな私に彼は撫でていた手をするりと下ろして私の頬にかかっていた髪を耳にかけた。

「夢なんて嫌だな。目が覚めたら君が居ないなんて、僕おかしくなっちゃうよ」

私の浮ついた例え話に対して、切なげに眉を下げた彼の表情に心臓がぶち抜かれた。
この魔法は解けないような気がした。私の王子様は魔法使いだったのかもしれない。


シンデレラも驚きの展開
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