「なあ〜まだ寝ねーの?」
「眠れるワケないじゃん……っ!」
「そーんな怖かったか? 言うほどじゃね?」
「怖かったが!?」

 悟はベッドの上で肘をつきながら寝転び、ベッドの下で膝を抱えている私に向かって言った。
 怖いのは無理だとあれだけ言っておいたのに、悟が見ようと言ってきた映画はサスペンスを装ったスプラッタホラーだった。悟はコレを面白いと評価して「最後のどんでん返しが結構ゾクゾクするから」とおすすめしてきた。ふざけるな、思ってたゾクゾクと違うじゃん!

「もう無理だよ〜……自分の部屋に戻ることすら怖い……」
「たかが映画だろ〜? お前ガチなヤツとやり合ってんのに何怖がってんだよ」
「呪霊も普通に超超超怖いの!」
「いい加減慣れろよ、ってかここまできたら慣れない方がすげえわ」

 時間は日付を回ってしまったところ。明日も勿論授業があってそろそろ寝なくてはならないというのに完全に目は冴えてしまって、悟の部屋の扉を開けることすら怖い。だってここ木造だし、古いし、廊下暗いし絶対なんか居る気がする。廊下で視たことなんかないけどさ。

「悟寝るの……」
「寝るけど」
「も、もうちょっとだけ付き合ってよ……」
「もうちょっとってどんくらいだよ」
「太陽昇るくらい……」
「朝じゃんウケる」

 なんにもウケないのよ。私だって寝たいし部屋に戻りたいよ。でも怖いもんは怖いし脳裏に焼き付いた鮮烈なシーンの数々が意識を逸らしておかないと蘇ってくるんだもん。

「大体さあ〜逆に夜更かししてたらそれこそお前の言うオバケの出る時間になるんじゃねえ?」
「……た、しかに……!?」
「とっとと寝て忘れた方が早いだろ」
「そうかも……!?」
「てなワケで寝ようぜ」
「悟部屋まで私を送って……」
「嫌だわフツーに」
「なんで!!」

 悟にしてはまともなことを言うと思って部屋に戻って寝ようと試みたのにバッサリと私の願いは切り捨てられた。仮にも、仮にも恋人にそんな冷たい返事しなくても。ていうかトンデモ映画を見せてきた責任の所在についてはどうお考えなのか。ベッドの上でゴロゴロしながら私の事なんかお構い無しの悟を睨む。悟は動じることなく掛けていたサングラスを外してサイドボードに置いた。

「もうちょっと彼女に優しくできないわけ!」
「フツーにめんどくせ〜わ。別にそこまで離れてねえじゃん」
「悟があんなの見せるから悪いんだよ責任とってよ!!」
「ぴーぴー泣くなよ。大体そんなんで部屋まで戻ったってお前一人で寝れんの?」
「そ、…………それは、……うーん」

 いよいよ枕を抱き込んで寝る体勢に入りだした悟に無責任だと吠え散らかしたものの、長い沈黙を経て頭を抱えた私を悟は大きく口をあけて笑った。笑うな。こちとら本気で困ってるんだぞ。ひぃひぃ笑いやがって畜生。これで私が明日映画同様にバラバラ死体になってたら悟は一生後悔することになるんだぞ。わかってないのか。

「仕方ね〜なあ」

 悟は上体を起こしてベッドの布団を捲る。こいつまさか本気で私そっちのげで寝るつもり? 薄情者とかいうレベルじゃなくない? もはや裏切り者なんだけど? もぞもぞと布団の中に入っていく悟を恨めしく見つめる。悟とぱちりと目が合えばまた声を出して笑われた。

「ほら来いよ」
「……、……ハ?」
「一緒にねんねしてやるからさ〜」
「ハ?」

 悟は誘うように布団を捲ったまま、身体を寄せて開けたスペースをぽんぽんと叩いた。開いた口が塞がらなくてしばらく悟をじっと見つめていればコテンと首をかしげられた。

「なーに、来ねえの? 一人でねんねできんのか?」
「もしかしてバカにしてる……!?」
「そりゃ呪術師なんかやってんのにオバケ気にしてんのはウケる」
「きい〜……っ!」

 悟のベッドに向かってダイブする。遠慮なく飛び込めばベッドは大きな音を立てて軋んだ。悟はやっぱり口を大きく開けて笑っていた。
 悟から奪うように布団を被って悟の隣に寝そベれば私に合わせて悟は体勢を変えて隣に寝転んだ。

「さてはこれを狙ってあんなものを見せたな!?」
「そんな回りくどいことしねーっての」
「このむっつりスケベめ!」
「だーれがむっつりだ俺はオープンだわ!」
「何一つ誇れることじゃないから!」

 悟の肩をべしべし叩いてじゃれ合いながら二人揃って笑い合う。普通否定するのはむっつりの方じゃなくてスケベの方じゃない? 悟って賢いけどバカだよね、とは言わないでおいた。
 何度も一緒に寝転んだベッドの中で、定位置とも言えるくらいお互いがぴったり収まる場所に落ち着く。

「仕方ないからその誘いに乗って今日は一緒に寝てあげるかあ」
「ハァ? 一人でねんねもできないバブちゃんのために俺が寝かしつけてやる予定なんですケド?」
「スケベが何言っても無駄なんだけど?」
「ふは、確かに〜」

 悟の腕が腰に回ってきてぎゅっと抱きしめられる。さっきまで彼女に優しい言葉の一つもかけてくれなかったくせにこの豹変ぶりに私は風邪を引いてしまいそうだ。余裕ありげな態度なくせして素直に一緒に寝ようって誘ってくれないのなんなの。どういう男心なの? わかんないけど可愛いからまあいいか。

「ねえ〜ホント次はないからね、次やったら悟チョイスの映画は何一切見ないからね私」
「いやそんな言うほど? 別に大したことなかったでしょいたたたた」
「返事はハイかイエスかかしこまりましたでしょーが!」
「ハイイエスかしこまりました」

 悟の腕をきゅっと摘んで引っ張れば悟は簡単に降参した。あれだけ眠れる気がしなかったのにぬくぬくとしてきたところで瞼は少しづつ重くなってきた。おかしいなあ、絶対今日は眠れないと思ったのに。

「え、ちょっとまさか寝る気なワケ?」
「ねむくなってきた……」
「マジで言ってる? この流れで?」
「この流れしか無かったでしょ……」

 思考がぼんやり溶けていく。眠気を感じるこのふわふわとした感覚が一番心地いい。もぞもぞ布団の中で身じろいで悟にぴったりくっついてやる。我ながらあざといなと思うものの、悟は意外とこういうのに弱いことを知っている。私のすぐそばで悟が「ハァ〜」とデカめのため息をついて私の背中をぽんぽん叩いた。

「ふふ」
「何」
「やば、幸せ〜」
「お前な」

 意識はやや残しつつも瞼を完全に閉じてしまった私はおやすみモードだった。悟が隣にいるならなんの不安もないな。だって無限があるし、自称最強だし、オバケどころか呪霊も寄ってこないでしょ。安心感と落ち着きを手に入れてしまった私はもうほとんど夢の中に居た。

「悟さあ」
「なんだよ」
「こういう時は恋愛映画を選ぶべきだよ、そしたら流れも変わるって」

 所詮私たちは高校生だ。どれだけ悟が特異な人間であっても悟だって高校生だ。悟がこうやってたまにチラつかせてくれる下心が好きだ。流されてやるかは別として、目の前に居る彼も男の子の一人でしかないんだと思えるのがなんだかくすぐったくてにこにこしてしまう。
 悟は「なるほどな、勉強になりマス」と不貞腐れて言った。全くどこを取ってもこの夜はくだらないな、でもそれくらいがきっと丁度いいな。

クダラナイトメイデイ
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