「めぐみちゃん」
「なんだよ」
「これ、パスコード教えて?」
「は?」

 夕飯の支度をしているめぐみちゃんのところへ彼のスマホを持って近づく。ノールックで私に返事をしたものの、私の言葉が理解できなかったのかその視線を奪うことは容易かった。
 私の手にはスマホ。私のじゃない、めぐみちゃんのスマホ。

「……なんでだよ」
「なんでって、気になるから」
「教えねえ」
「なんで?」
「なんでって、教えたらパスコードの意味ねーだろ」
「見られて困るものがあるってこと?」
「いや何もねえよ」
「じゃあいいじゃん!」
「……いや、無理」
「なんで!?」

 ぐつぐつと煮立った鍋にもう一度視線を戻しためぐみちゃんは火を止めた。食い気味な私にめぐみちゃんは明らかにめんどくさいという顔をしながら一つため息を吐き私に体ごと向き合った。その手が私に向かって伸びてきて咄嗟にめぐみちゃんのスマホを背に隠す。話すより取り返した方が早いと思ってるんだろう! そうはさせないぞ!

「なんでじゃねえだろ、フツーに誰にも教えないだろ」
「疾しいことがあるから教えてくれないんだ!」
「別に、中が見たいなら見せてやるよ。返せって」
「見せっ、え? 見せてくれるの!?」
「なんにも無いからな」
「見せてくれるのにパスコードを教えてくれない理由ってなに!?」
「それは、……教えたくねえ、から」
「さては今何にもないだけで勝手に見られたら困るんでしょ!」
「そうじゃねえよ、別に見たいならいつ見られたっていい。でもパスコードは無理」
「なんでよ!」

 背中に隠したスマホをめぐって狭いキッチンで小さく、それでいてやや激しく攻防戦を繰り広げる。大きいめぐみちゃんが長い腕を伸ばせば簡単に私の背に手が届いてしまうから壁身体をよじり必死に抵抗した。

「見せてくれるとか言って、取り返したら見せないつもりなんでしょ!」
「そんな子供みたいなことしねえ」
「なんで中身はよくてパスコードはだめなの? ねえなんで?」
「人に教えるもんでもねえだろ」

 私が身体を強くよじった瞬間、まとめて置いてあった食器に肘がぶつかってガチャンとお皿が動く音がした。大きな音にお互いぴたりと動きをとめる。危なかった。めぐみちゃんは大きくて深いため息を吐いて頭を抱えたあと、危うく私が倒すところだった食器類をそっと奥の方へ押し込んだ。

「……急になんだよ、何がそんなに気になるんだよ」
「……だって……」
「何」
「……なんかあの補助監督の人、めぐみちゃんに近いから……」

 私が問い詰めていたのに、白状させられたのは私の方だった。
 新しく関西の方からこっちに赴任してきた補助監督の人が、やけにめぐみちゃんに近いように見える。美人だし、テキパキ仕事するくせにどういうわけかめぐみちゃんにはやたら質問したり助けを求めたりしてるように見える。そんなの恋人として気にならないわけないじゃん。おまけに五条先生ってば、「恵は案外年上キラーなとこあるからな〜」とか言って私の事からかってくるんだもん。そうかも、とか思っちゃったりして不安になってきちゃったときに、なんかめぐみちゃんのスマホがやたら通知まみれになってたから気になって仕方なくなったんだもん。
 私の言葉を聞いてめぐみちゃんは目を開いて驚いていた。何その顔、全然気づいてなかったみたいな。あの人の好意にも私の不安にも気づいてなかったんでしょ。女って皆めんどくさいんだよ。

「……不安なんだもん。めぐみちゃんにその気はなくても向こうは超アピールしてるかも、とか気になるんだもん!」
「ねえよそんなこと」
「めぐみちゃん変なとこニブチンだから信用ならない!」

 私の言葉に言い返せなくなったのか、めぐみちゃんはまたしても大きめのため息を吐いてがしがしと頭を掻いた。背中に隠したままのめぐみちゃんのスマホをぎゅっと握る。それはこのやり取りの間にも何度か通知を知らせて震えていた。

「……誕生日」
「え」

 ぽそ、と辛うじて聞こえるくらいの声を拾うのはたった二人の空間ではそこまで難しくもなかった。諦めたのか、眉間に寄せてた皺を薄くして私を見下ろすめぐみちゃんは腕を組んだ。
 おずおずと背中のスマホを操作するべく前に持ってくる。

「一二二二……?」
「違う」
「え、あれ? でも誕生日って」
「俺のじゃない」

 めぐみちゃんがふい、と目を逸らす。一瞬愛しの恋人様の誕生日を間違えたかと思ってひやっとした。けれどめぐみちゃんの誕生日ではないらしい。
 じゃあ誰の? 玉犬……に誕生日なんかある……? 首を傾げて考えていると視線を戻しためぐみちゃんとばちりと目が合う。じっと見つめられてはっとした。

「……え、も、もしかして」
「……やってみろよ」

 諦めたといわんばかりの声でめぐみちゃんは私に促す。そっと親指で液晶を四回タップする。それは私の誕生日四桁。

「あ、あいた……!」
「……はあ」

 たった四桁でロックを解除できてしまった。それも私にはあまりにも馴染み深い数字の羅列で。ぱっとめぐみちゃんを見やればめぐみちゃんは顔を隠すように手のひらで顔を抑えていた。

「私の誕生日……」
「うるせえ」
「私の誕生日に設定してるのがバレるのが恥ずかしかったの……?」
「うるせえ」
「まさかめぐみちゃんが私の誕生日に設定してるなんて……」
「もうやめてくれ……!」

 いよいよ顔ごと私から背けてしまっためぐみちゃんの耳は真っ赤に染っていた。ええ、そんな可愛いことある? 中身見られてもいいけどパスコード知られるのは嫌だって、まさかこんな理由とは思わないじゃん……。
 めぐみちゃんに限って浮気はないだろうとちゃんと思っていた。それでも相手にその気があったら嫌だからこんなことをしたっていうのに、結果としてめぐみちゃんが私の事大好きってことはよくわかる形になった。途端に胸の中がいっぱいになる。

「もお〜! めぐみちゃん大好き!」
「からかうな馬鹿」
「めぐみちゃんのことだから全く関係の無い数字の羅列だと思ってたのに!」
「今すぐそうするから返せ」
「やだ! 変えないで!」

 結局めぐみちゃんはパスコードは変えず、ずっと私の誕生日のままだった。いつでも簡単に開けられるようになっためぐみちゃんのスマホのホーム画面の画像を勝手に変えることも、いつも間にか何も言わなくなっていったのはもう少し未来の話しだ。

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