突然だけど、俺の恋人はギャグか? ってくらい俺のことが好きだ。俺が居なくなったら死ぬんじゃねえ? とか本気で思うくらいに。
 この時代に珍しいくらい愛情表現がストレートで好きだ好きだと息をするように連呼して俺を褒める言葉を尽くし、スキンシップが激しくて俺を目の前にすると落ち着きというものがない、子犬みてえな女。
 だから今日も会いに行けばそれはもう大喜びするだろと思っていた。

『開いてるよ』

 インターホンから聞こえてきた声にぎょっとする。明らかに様子がおかしい。いつもならインターホンを押せばドタバタと音を立てながら勢いよくドアを開けて、尻尾でも生えてんじゃねえかってくらい嬉しそうに俺を出迎えるくせに、今日は一体なんだってんだよ。いや、まあ毎度毎度誰が来たのかちゃんと確認してから開けろって言ってるのは俺だけど、そもそも鍵なんか開けてちゃ意味ねえし。誰彼構わず扉を開けるより戸締りが疎かな方が余っ程ありえねえ。だから俺の忠告をいい加減ちゃんと聞いたなんていうことは無いだろう。出迎えなくていいように鍵開けてたなんて言ったらただじゃおかねえ。
 ここに来るまでにいくつか入れたメッセージの返信もそうだ。俺が送ったメッセージの三倍の勢いで返してくるくせに、今日はたった一言了承の返事を返すだけ。いつも無駄なスタンプに通知を占領されてたってのに一体なんなんだよ。
 これまでにねえ程機嫌が悪そうな声も、突き放すみたいな態度も、普段俺より随分騒がしくて甘えたすぎる彼女からは想像できなかった。インターホンで応答されて驚きのあまりドアの前に立ちすくむ。完全に歓迎されてねえじゃん。なんなんだよマジで。俺コイツになんかした? 全っ然記憶にねえ。このままコイツの家に足を踏み入れていいものか悩んだものの、どっかの部屋のドアが開く音がしてヤバいと思ってドアノブに手をかけるしかなかった。ココに居るのがバレんのが一番ヤバイ。誰に見られても騒ぎになるに決まってる。
 勢いで開いた扉の先は最低限の電気がついているだけで、いつも出迎えてくれるアイツはやっぱり見えなかった。

「ただいま」
「……おかえり」

 部屋の奥まで進めばテレビに向かってソファに膝を抱えて座る後ろ姿が辛うじて見えた。遠征ロケでしばらく離れてたことに対してただいまと言えば、いつもと様子の違う彼女がちらりと一瞬こちらを見ておかえりと返事をし、すぐに視線をテレビに戻した。マジでなんだよ。いつもお前がおかえりって言ってくるから俺からただいまって言ってやったのにニコリともしねえ。
 思わずガシガシと頭を掻きむしる。付き合って長ぇのに、こんな機嫌悪いのは初めて見た。もはや機嫌が悪いのかどうかすらわかんねえ。仮に機嫌が悪かったとして俺には何の身に覚えもない。どっか深刻そうな面持ちの彼女を放っておくわけにもいかず、俺は肩から荷物を下ろして適当な所に置き、ソファに足を進めた。コイツはなんの反応もみせなかった。

「なあ」
「……何」
「何じゃねえよ。メッセージも適当に返しやがって」
「……べつに」
「べつにって感じじゃねーだろ。お前俺を突っぱねるために鍵開けっ放しにしてたならマジでキレんぞ危ねーな」
「……」

 あからさまな態度に対してやや強い言葉が出てしまった俺に、元々小さい身体をさらにぎゅっと縮こませたコイツは黙りこくった。完全に初手ミスったな。やらかしたわ。
 はあ、と思わずため息も出る。埒が明かないし、気を取り直して拗ねてるのか怒ってんのかもわかんねえ彼女の隣に腰をおろした。

「どーしちゃったワケ? 随分ご機嫌ナナメじゃん」
「……べつに」
「お前のべつに、が何にも無かったことねーだろ」
「……何にもなくはないけど、悟に言っても仕方ないもん」
「何だよそれ」

 いっつもべたべたくっついてくるくせに、隣に座った俺とできる限り距離を取ろうとソファの端へ腰を動かしたコイツにイライラする。俺に見向きもせず伏せられたままの顔が今どんな表情をしてんのかもわかんねえ。話す気はないってか? 冗談言うなよ。俺がこっち戻ってきて真っ直ぐここに来たってのに。

「気にいらねえことあんならちゃんと言えば?」
「っやだ! 触んないで!」
「無理。俺だって用なくお前ん家来たわけじゃねえし」
「知らないそんなの!」
「なあ何そんな怒ってんの? 俺なんかした?」

 後ずさる腰に腕を伸ばして無理やり引き寄せる。小さい身体は簡単に引きずられて俺の傍に手繰り寄せることが出来た。手足をバタつかせて抵抗されたって容赦なく腕の中にしまい込めば為す術なくそこに収まった。

「いつもなら悟大好き〜って飛びついてくんじゃん。俺何にも心当たりないんですケド?」
「……」
「機嫌とってやるからワケを言えよワケをさ」

 無理やり覗き込んだ顔は分かり易く膨れっ面で俺と目を合わせないように視線を泳がせていた。その表情から伺うに怒ってるというよりはめんどくせえくらい拗ねてる様子だった。
 じっと見つめ続ければ観念したのか、うろうろさせていた視線をちらりと俺に向けたあと、きゅっと結ばれていた唇が何か語ろうと小さく開いたり閉じたりした。

「……特番、見た」
「ハ?」
「……悟が! 壁ドンして! 愛してるって言ってた!」
「ハァ?」

 やっと口を開いたと思ったら何の話だよ。特番? 壁ドン? 
 ぐずって騒ぐコイツを落ち着けとなだめながら思い出す。特番なんて山ほど受けてるせいでピンとこなかった。思い出す最中もコイツは膨れっ面で俺を睨むようにじっと見ていた。

「……あ、あー! あれ今日放送だったっけ」
「壁ドンなんて私にもしてくれたことないのに!」

 思い出したのは少し前に収録があった特番で、傑と俺のどっちが色男かなんてしょうもない企画があったものだった。別に仲良くもない顔馴染み程度の共演者たちとふざけたことばっかりやった特番。その中に居た売れっ子アイドルが主演してるドラマのワンシーン再現を傑と揃ってさせられただけの企画。

「……エ? 何、お前ヤキモチ?」
「そうですけど!?」
「ハァ〜〜〜? なんだよクソ焦ったじゃんいつものヤキモチかよ」
「いつも妬かせてる自覚あるんじゃんバカ!」

 事の全貌が見え出して急に力が抜けた。腕の中に引っ張りこんだ小さい身体をなんだそんな事かと解放してやれば次は俺が詰められる番だった。解放された瞬間両手で俺を控えめな力でぽかぽか殴りだしたコイツは俺の態度が気に入らなかったのか今度ははっきりと怒り出した。

「ご丁寧に今回も妬いてくれちゃったワケ? 仕事全部にいちいち妬いてたらキリないって言ってんじゃん」
「わかってるから悟に言っても仕方ないって言ったのに!」
「あーそういうコト? 頑張って自己解決しようとしてたってワケね、偉いな〜?」
「むかつく! 顔が良いからって! くそお!」
「お前も大変だなあ? 大好きな彼氏が売れっ子で〜」

 俺の出る番組は片っ端からチェックして、その度に共演者に不必要なまでに嫉妬する恋人は今日も今日とて一人悶々としていたらしい。可愛いよな、理解と納得は別モンなんだなってコイツを見てると思う。頭で不必要な嫉妬ってわかってても、妬いてしまって必死に納得しようとしてたんだろうな。あーあ、コイツは今日も俺に首ったけってわけだ。なんて考えながら、叩かれようが殴られようが痛くもなんともなくて、好きなようにさせていたら「もう!」と一際大きな声で責められた。

「機嫌! 取って! 取ってくれるって言った!」
「あ〜なんかそんなこと言ったな」

 変わらず膨れっ面のまま、機嫌が悪いと眉を寄せるコイツはもういつも通りだった。ヤキモチ妬きな恋人を持つと大変なもんだ。まあそれもイイんだけど。

「仕方ね〜な、っと」
「うわっ!」

 不安も心配も全部吹き飛んで、コイツのかわりに俺の機嫌は良いったりゃありゃしない。仕方ねえからご機嫌取りしてやることにして、無防備な腰に腕を回して引き寄せながら迫るように彼女をソファーに押し倒す。無抵抗にソファーに沈んだ彼女は俺を見あげて目をぱちぱちと瞬かせていた。

「さ、さとる」
「壁ドンされたことねえって怒ってたけどさ〜俺に押し倒されるのはお前だけなんだし? そーんなご機嫌ナナメになる必要どこにもなくね?」
「ちちちちかい……!」
「なんだよ今更照れるほどのことでもねーだろ? どうせこのあともっと恥ずかしいことするんだし?」
「うええっ!」
「一晩かけてきっちりご機嫌取りさせてもらいまーす」
「まってまっ、んんうぅ!」

 遠慮なく唇を合わせてしまえばお小言は全部飲み込まれていった。吸い付くみたいに何度も唇を重ねれば観念した唇は開いて強請るみたいに舌を誘ってくる。流されやすさに思わず笑いそうになる。あーあ、かわいいやつ。一生俺にばっかり絆されて、俺にばっかりヤキモキしてろ。
 愛してるとかよくわかんねえけど、頭悪くなりそうなくらい好きってのは体感でよくわかる。脳みそ浮ついて頬が緩んで仕方ねえの。可愛いよな、ほんと。可哀想でさ。

「お前の四六時中俺の事で頭いっぱいなとこ、馬鹿みてえに好き」

 唇を少し離してそう言えばたどたどしく悔しげに「私は大好きだもん」と返ってくる。吐いた息が混ざりあって生暖かいのにすら気分が良くなる。めんどくせえなって思うのに、そう思うことが楽しいなんて俺も大概どうかしてるよ。
 キスを繰り返してじゃれ合っていれば、いつの間にかいつもの甘えたモードに切り替わった恋人が俺に縋り付くように腕を回してくっついていた。仕方がないなんて偉そうに言ってみたけど、仕事の後にわざわざ構って貰いに来たのは俺の方だ。

「テレビじゃ絶対できねえこと、いっぱいしような〜?」
「ばか……!」
「何、イヤ?」
「イヤじゃないけど!」
「お前ホントチョロすぎねえ?」

 もう既に機嫌を直しつつある彼女を抱き上げてやれば、俺の首にがっちり抱きついていつもの様に「ねえ寂しかった! おかえり!」なんて熱烈なお出迎えをやり直された。なんか色々手こずったけど、俺の彼女は今日も今日とて俺に夢中ってことで良さそうだ。

ベイビーラブミーキミニムチュー
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