「ぎゃーーーー!!」
「おい逃げんなよな〜」
「コラ悟やめな」

 馬鹿ばっかりだ。私の同級生は。どいつもこいつも才能に満ちた馬鹿。才能があるからこそ馬鹿だと言える。たった四人しかいない同級生たちともうまる一年一緒に過ごしていると思うとあっという間にも感じたし、本当にたった一年だったのかと疑う気持ちもある。どうでもいいと思っていたのに、生活を共にすることが当たり前になった。衣食住を同じくしているだけで十分だと思うのに、何をするにもわざわざ四人集まって、いつの間にかそれが普通になった。出会って一年とは信じ難い。いや、こんな奴らと十年も二十年も一緒に居たいかと聞かれたら、疲れて死ぬなと思うけど。

「うえ〜〜〜んすぐる〜〜〜! 悟が! 悟が!」
「悟、謝りな」
「なんだよ遊んでやってんだろ」
「私で遊んでるの間違いでしょ!」

 真っ暗な校舎を後ろに、だだっ広い校庭を目の前に、そこらへんに転がってたバケツを勝手に拝借してみずを張り、私のライターを使って火をつけるのは五条が調子に乗って買い込んできたあらゆる花火だった。庶民慣れしてない五条はどこに行っても何を見ても馬鹿みたいに買い込んでくる。「ヤベーな花火って買えんだな」と目を輝かせて手に持てるだけ買ってこられた花火はスタンダードな手持ち花火からネズミ花火、簡単な打ち上げ花火にオバケ花火などと、よくあるものから初めて見るものまで揃っていた。早速やりたいと騒ぐ五条に付き合う羽目になったのは一時間前。勝手に校舎に出て火遊びしている午後九時過ぎ。調子に乗った五条は手に持てるだけ手持ち花火を持って一気に火をつけたものだからたちまち火薬の匂いで満ちていく。私のタバコの匂いなんて気にもならない。

「ちびのくせに生意気だな」
「追いかけてくるからじゃんか!」
「は〜? せっかく見せてやってんだから有難く思えよ」
「めーわく! すごくめーわく、ぎゃあ!」

 夏油に隠れて追いかけ回してくる五条から逃れようとする、ちびと呼ばれた同級生がちょこちょこと夏油の周りを動き回る。大男どもはともかく、私よりもさらに背の低い彼女は二人と並ぶと子供にしか見えなかった。いつもこうして五条におもちゃにされている彼女は今日も今日とて五条の生贄になっている。五条は大量の手持ち花火を持ちながら彼女に向かって火を付けたてのネズミ花火をひょいと投げた。彼女の足元をバチバチと転げ回る花火に翻弄させられる彼女はぴょんぴょん跳ねながら泣きわめく。五条はそれを見て大笑いしていた。夏油は見かねて地の上で暴れる彼女をひょいと抱き上げて助けた。両脇を支えられ持ち上げられた彼女はまるで猫のようだった。彼女の足元ではネズミ花火が暴れ回り少ししてその息を潜めていった。

「うっうう……すぐる……」
「悟、いい加減にしないか。謝りな」
「んだよつまんねーな」
「危ないだろう」
「この程度でギャンギャン騒ぐなよ雑魚だな〜」
「馬鹿じゃないの! 最低! さいあく!」

 ネズミ花火が完全に死んで地面に再び足をつけた彼女はグズグズと泣いていた。人一倍ビビりの彼女は花火に火がついた瞬間から泣かされ続けて未だ一本も自分で花火を持っていなかった。不憫な話だ。

「かわいそーに。ちびおいで〜 こっちで花火やんな」
「しょ、しょ〜こお……」

 ちょいちょいと手招きしてやればすごすごと私の方にやってくる。その姿は子犬みたいだった。私の傍に大量に積まれた花火の中から適当な手持ち花火を手に取って差し出す。ぐずつく彼女は座り込む私の前に立ってそれを受け取る。「これどっちに火つけるの?」と両端をまじまじと見つめている姿に思わず笑った。

「こっち?」
「そっちに火ィつけたら燃えんぞ〜」
「エッぎゃく!?」
「なんでそんな嘘をつくんだい悟」
「嘘なの?!」

 嘘をつく五条に夏油が一発げんこつを食らわす。デカいクソガキを相手するのは大変だ。夏油は「そっちで合ってるよ。硝子に火つけてもらいな」とにっこり笑う。彼女はそれを信じて頷き私に花火を差し出した。

「ん。気をつけてやりな」
「ありがと!」

 手に持っていたライターで点火すればチリチリと穂先が燃えていく。火がついた手持ち花火を見て目を輝かせた彼女はさっきまでと打って変わってぱっと花が咲くように笑う。こういう単純なところを無駄に五条に気に入られてるって分かってないんだから可哀想な子だ。まあ、私もそういうところが気に入ってるけど。

「わー! きれい〜!」
「よかったね」
「うん!」
「俺が買ってきてやったんだからまず俺にありがとうございますだろ」
「悟ありがと〜」

 夏油に「危ないからもう少し持ち上げな」と言われ大人しく言うことを聞く彼女の傍で五条がまた一度に数本の手持ち花火に火をつけた。夏油がそれをまた窘めたものの五条は聞く耳を持たなかった。私はポケットからタバコを取り出して新しく火をつける。暗い校舎、外灯の少ない校庭に花火は煌びやかだった。

「ちび楽しい?」
「楽しい!」
「良かったね」

 ふう、とタバコの煙を吹いて問いかければへらへら笑って返してきた。燃えていく花火を大人しくじっと見つめている彼女は無邪気だった。彼女の花火から夏油が新しい手持ち花火に火を貰い、新しく火花が飛び散る。それと同時に彼女の持っていた手持ち花火は勢いを無くして燃え尽きた。

「ああ〜……」
「何残念そーな顔してんの。まだ山ほどあんじゃん」
「そーだけど……そーだね! 花火する!」

 消えてしまった花火の先を悲しそうに見つめていた彼女は五条の言葉にまた目を輝かせて私の方へ駆けてくる。燃えカスになった花火をバケツの中にいれるように指させば、意図を汲んで彼女はバケツの中に花火を捨てた。

「次何やんの?」
「うーん、なににしよう……硝子は? 花火やらないの?」
「タバコ吸い終わったらね」
「ふうん」

 彼女に向かってタバコの煙を吐けばぎゅっと目を瞑って耐えていた。かわいー奴。煙が辺りに散らばって風に流されていくと彼女がぱちぱちと瞬きを繰り返してからまた私を見つめる。すると何か思いついたように山盛りの花火の中から何かを探しだした。

「硝子がタバコ吸い終わるまで線香花火する!」
「……ふは、なんで?」
「横でやっててい?」
「いーけど」
「凄いやつは後で一緒にやろうね」

 彼女は私たちの中で一番四人揃って何かすることにこだわっていた。人一倍ビビりで、人一倍寂しがりの彼女に引っ張られるようにして私たちはいつも一緒に居た。

「もう線香花火するのかい?」
「硝子が花火やるまで線香花火する」
「センコー花火?」

 私の傍に座り込んで細い線香花火に「火つけて」とせがんで来る彼女にライターを差し出して火をくれてやる。彼女の後ろから大男どもがやってきて彼女を見下ろすと、丁度線香花火がぱちぱちと音を立てて弾けだした。

「きれ〜い!」
「私もやろうかな」
「地味だな〜」
「悟にはこの情緒がわかんないだろうね〜」
「ハ? わかるわ馬鹿にすんな俺もやる」

 馬鹿どもが揃って線香花火に手を伸ばす。さも当たり前のように私の前に差し出してきて火を強請る。仕方なしに火をつけてやれば、彼女の隣にしゃがみこんでじっとその穂先を見つめ出した。大男二人に挟まれた彼女はさらに小さく見えた。このライターは今日でオイル使い切りそうだな。

「……ふふ、楽しいね」
「あ〜?」
「四人一緒だと、楽しい」

 三つの線香花火が競うように弾け合う。彼女はそれをうっとり見つめながらしみじみと言った。夏油はそれにくすくす笑って「そうだね。楽しいね」と言った。彼女は何をしても最後はそう言うからだ。いつも同じことを言うから夏油は笑ったんだろう。

「っあ! 落ちちゃった〜」
「ハイちびの負け〜 校庭五周」
「なんで!? ていうか悟たちのほうが後からやったんだから私が先に落ちるに決まってるじゃんか!」
「ウワッお前バカ俺のも落ちただろーが!」
「彼女のほうが先に始めたのに悟も今落としたなら総合的に見て悟が一番線香花火の命が短かったんじゃないかい?」
「五条校庭五周〜」
「はァ〜〜〜!?」

 線香花火を目の前に趣のひとつも無い同級生たちだ。ああだこうだと揉めてるうちに夏油の持ってた線香花火の火も落ちてしまった。私も吸っていたタバコを半端に残して火を消した。

「この量今日やり切ろうと思うと真夜中になりそうだし、さっさとやろ」
「! やろ! 硝子もやろ!」
「はいはいやるやる」
「俺これ気になってたんだよな〜 オバケ花火」
「オバケ!?」
「呪術師のくせにオバケが怖いちびのために買ってきてやった」
「嫌がらせじゃん!」
「そーだけど」
「そーだけど!?」
「悟意地悪するのやめな」

 この夜多分、一生分の花火をした。終盤に差し掛かっても飽きることなく花火を燃やした。広い校庭目いっぱい使って打ち上げ花火を連発してやったら案の定ヤガセンにバレた。怒られるかと思ったけど、ヤガセンの手には虫除けスプレーが握られてて「日付が変わるまでに寝ろ」とだけ言われた。無限があるから蚊なんか関係ないくせに、私ら三人がヤガセンに虫除けスプレー振ってもらってたら拗ねてスプレーを強請った五条に死ぬほど笑った。

夏に晒せ火花
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