「本当に嘘をつくのが下手で、可愛い。」

くすくす楽しそうに笑っちゃって、また私のことからかってるんだ。絶対にそうだ。私の純情を簡単に弄んで、高みの見物。切れ長なのにどうしてか優しさを感じるその目が私を見ているだけで心臓が音を立てて加速する。私が困るって知ってて発せられる甘い言葉が私を混乱させてパニックまで陥れる。これ以上近寄ると、何か付けているのか、それとも彼自身の匂いなのかわからないひどく刺激的な匂いに酔ってしまうだろうから絶対にこの距離を縮められない。視覚も、聴覚も、嗅覚も、容易く彼に奪われてしまうんだ。

「う、そじゃないもん…」

辛うじて発した声に説得力がないことなんか、自分でもよく解った。私は彼の言う通り、嘘をつくのが下手なのかもしれない。人間誰だって良くも悪くも小さくも大きくも嘘をつく瞬間はあるだろう。自分を安心させるためにつく嘘も、他人を貶めるためにつく嘘も、同じ嘘で使い道が違うだけ。私は彼に、いつも自分を守るために嘘をつく。

「ふふ、そっか。じゃあ私の目をみてもう一度言って。」 

制服のスカートを握りしめた私の手はぐっしょり汗をかいていて、いかにも動揺していると言わんばかりだった。
そんな私の手にするりと大きな手を滑らせて、まるで先生が教え子に声をかけるような愛情に満ちた声が私に拒否権を与えない。きっと彼はここで私が嫌だと言ったって無理矢理なことはしないだろう。それでもきっと、嫌だと言えば「どうして?」と聞いてくると知っているから。そしてそのどうして、に私は上手に答えられる自信がないから、ここでもう一度大人しく嘘をつくのが得策なんだ。どのみち絞まるのはきっと私の首だろうと知っていても。

「……きらい」

「…はは、そう?…そっか、…ふふ」

手短に、たくさん言葉を盛れば盛るほど嘘はボロを出すって知ってるから要点だけ口にした。「本当に私のことが好きだね」なんて、自分でも認めたくなくて必死だったのに本人から直接言われて、「そんなわけないじゃん」と反射的に返したのが始まりだった。結果として、彼から直接言われて私はやはり彼が好きで堪らないのだと実感するはめになった。そう、私は夏油傑のことが好きだった。

呪術高専なんて普通の子がいない学校で、命がけの毎日で、どういうわけか人並みに片想いをしてしまった。吊り橋効果だとか、女の子扱いして貰ったせいで勘違いしてるだとか、いろんな理由をつけて自分で自分の恋を否定してきた。怖かった。報われないのも、小さな輪のなかで関係が変わってしまうのも。それなのにこれまで経験した恋が全部霞むくらい、これまで抱いてきたものが恋だったのか怪しくなるくらい、私は彼に恐ろしいほど恋をしたいた。これが初恋なのかもしれない、なんて高校生にもなって恥ずかしいことを思ったくらい。
だから知らないフリをした。どんな理由をつけたって、彼が隣に存在している以上そう簡単にこの心は諦めてはくれなかった。気づかなかったことにして、どうにか上手にやり過ごすことをずっと選んできた。彼は誰にでも優しいから、期待をしてはいけない。他の二人に比べたら出来の悪い私に気を遣ってくれているだけ。そうやって彼の仕草や言葉に折り合いをつけてきた。
なのに。

「うーん、困ったね」

「…なにが、?」

「君が可愛いから」

「っ、いみわかんない…」

もう何もかもなし崩しになっていく。ぐちゃぐちゃに暴かれていく感覚。なにを言ったってもう私は彼に上手く取り繕えやしない。ここで私が彼を好きだと認めてしまって玉砕したって、明日から彼は何か変わるわけじゃないんだろうなと思う。きっと変わるのは私だけで、もて余した感情を殺す術を探すしかないんだ。惚れた方が負けって、多分そういうことなんだ。
彼は視線を反らさず私を見ているんだろう。私が少し視線をやろうもんなら必ず捕まえてくるのだから。私の情けない姿を、ずっと見つめてるんだろう。私にはもう一握りの余裕もないのに、彼ときたらくすくすと笑えるくらい余裕に満ちてるんだもの。私が彼を直視できない理由は幾つもあったけど、彼が私に対して怯む要素は一つもなかった。

「本当に、わからない?」

突然頬に向かって伸びてきた手が彼の視線と私の視線が交わるように顎を掬って誘導した。驚きと、緊張と、少しの下心で体が大きく跳ねた。心臓が飛び出してしまいそうな衝撃。息苦しいくらい速い鼓動。一歩間違えたらきっと死ぬ、そう思った。

「好きでしょうがないって顔、してるよ」

「っ、やだはなして、!」

彼と交わった視線に脳天をぶち抜かれたようだ。くらくらしてちかちかした。ぐっと寄せられた顔、揺れる髪から彼独特の甘い匂い。噎せてしまいそう。私が彼を好きだからこんな風になるのか、それとも彼がこんな風にさせてるのか、解らないけどこのままじゃきっと何かに呑まれてしまう気がするからその手から逃れようとずっとスカートを掴んでいた手で振り払うように暴れた。

「流石に、きらいは堪えるね。…まあそんな顔で言われたって意気地無しで可愛いとしか思えなかったけど」

「ちょ、っと…!すぐる、」

「さて」

勢いよく振り回した両手は呆気なく彼に掴まれてその大きな胸板に引きずり込まれてしまった。彼は思ったより体温が高いようで、肌に触れた制服が温かく感じた。必死に手でその体を引き離そうと押してみても、腰と肩に回された腕がより力をこめるだけだった。もう全部バレていたって、私にもプライドはあった。こんな状況で勘違いしない女の子はきっとどこにも居ない。完全に私が喜ぶシチュエーションでもここまで体裁を繕ってきた私がこの腕にのまれて絆されてしまうなと最後の抵抗をする。

「そろそろ、私も待てばかりじゃ辛いんだ。」

「ひゃ、」

肩に回っていた手が自然な流れで私の髪を撫でながら耳の横まで滑ってくる。くすぐるような手つきで私の横髪を耳にかけられ、ぴりりと甘く痺れた。

「なにをそんなに怖がっているのか、詳しくはわからないけど…誤魔化せなくなった君が悪いんだよ」

私は君の意思を汲んできたつもりなんだけどね、と言葉を付け加えながらゆるりと降りてきた手がまた私の顎を掬って、その親指が渇ききった私の唇を撫でる。

「もうお互い引き返せないと思わないかい?だったら、このまま、溺れてしまうのもいいかと私は思うんだけどね」

彼の言葉は難しい。出来の悪い私には、その含みのある言葉にどんな意味があるのか解らない。それでも単語を一つ一つ聞き分けて、その言葉を拾って、ここまで暴かれてしまった恋心を今さらまた無かったように隠すことはできないと、昨日の二人には戻れないと言われているのは解った。

「ほら、言って。私が好きだって。…ね?」

ひどくずるい男だ。私がもう自分一人じゃなんの判断も出来なくなりつつあるくらい、溶けてしまっていることを知っているのなら本当に罪作りだ。もう彼の言いなりになってしまいたい。そしたらきっと楽になれるんじゃないかって、そんな気がするから。ずっと溜め込んでいたものを吐き出せてしまえたならば、このぐちゃぐちゃに淀んだ内側が空っぽになれるかもしれない。
それでもまだ、私は臆病者だからこれからの私を思って一線踏み込めないから。

「…言ったら、言ったら…どうなるの…っ?」

せめてもの救済にすがり付いて、ブラフを張って、まだぎりぎり踏み留まれる所から安全牌を探す。目が熱い、涙腺が緩んで彼の輪郭がぼやける。悔しい、こんなに彼が好きで苦しい。依然として彼は余裕そうで悔しい。こんなに乱されている私が恥ずかしい。言い逃れ出来ないほど彼が好きだと私の体中が叫んでいる。指先が震えるのも、涙が溢れるのも、声がうまく出せないのも、全部傑のせいだ。

「どうなる、か。」

彼の声が少しだけ低く響いて、私に大きく影がかかった。ぐっと引き寄せられて覆い被さるようにして距離をつめられていく。

「私は君となら、どうなったって構わないと思っているんだけどね。例えばそうだな…私の一生を君が欲しがるなら、喜んで差し出すよ。」

そう言って、彼は私が燻り続けた想いを吐き出す前に唇を合わせた。
嗚呼、とうとう触覚も、味覚までも奪われてしまった。遠慮なしにぬるりと差し込まれた舌に食べられてしまうと生存本能がアラートを鳴らす。絡まる舌から与えられる快楽が私を脅かす。うまく呼吸ができなくてくらくらする。意識がぼんやりとして形を歪めていく。理性がめちゃくちゃにされていく。もういい、もういいや。

「っは、あ……っすぐる、すぐる」

「ん、?」

「すき、好きだよ、好きなの。ずっと、ずっと好きだったの、」

解放された唇が喘ぐように言葉を紡ぐ。生理的に溢れる涙が止まらなくてきっと私の顔はぐちゃぐちゃになってるんだろう。堪らなくなって傑の首に両腕を回してしがみつく。どこからどこまでが現実か解らないくらい、脳みそがどろどろに溶けてしまった。今の私はみっともなく劣情に濡れたどうしようもない女でしかなかった。

「…ふふ、私も好きだよ。」

五感全てが麻痺していく。目から、耳から、指から、唇から、与えられる全てが不確かで、なのに全部が気持ちよくて、これはもしかしたら全部夢なのかもしれない。まあでも、それでもいいや。このまま成るようになってしまえ。例えもしそれがいけないことであったなら、明日の私が償えばいい。今はもう、このまま溺れるように彼を求めたかった。

夏油傑は、まるで麻薬のような人だった。

五感の支配者
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