※未来設定/同棲

「たらいま〜〜〜!」
「おかえり」
「めっぐみちゃん!」

 今日は釘崎と出かけると言って朝から家を開けてた恋人はえらく上機嫌で、帰ってくるなりソファーに座る俺の背中に飛びついてきた。酒でも入ってんのかと思うくらいに。「明日は野薔薇が朝から出張だから早く帰ってくる!」と言っていた通り、酒を飲んで帰ってくるには少し早すぎるくらいの時間だ。アルコール独特の匂いもしないし、日常的にテンション高めのコイツは恐らく素面だろう。つまり単純にいつもにましてご機嫌で、むちゃくちゃテンションが高いだけだ。コイツはアルコールを摂取するとすぐ寝るしな。

「ご機嫌だな」
「ん〜〜〜〜ふふふ」
「飯は?」
「食べてきた!」
「風呂沸いてる」
「あとで入る!」

 俺の首に巻きついた腕にぎゅっと力がこめられてぐりぐりと頬ずりされる。もともとパーソナルスペースの狭いスキンシップの多いやつだけど、今日はやたらとくっついてくる。別に悪い気はしないから好きにさせてやるものの、流石にこの状況では手元の本の続きは読めないだろう。開いていたページに栞を挟んで本を閉じる。適当に本を机に置いて「えらくご機嫌だな」と言えば「うん!」と元気よく返事が返ってきた。

「何かあったのか」
「今日ね〜野薔薇とお買い物してきたんだけどさ!」

 腕を解いてソファーに座れと手を引き隣を叩いてやれば素直に従って、俺の後ろから隣へと今にも飛びそうなほど跳ねながら移動してくる。勢いよくソファーに飛び乗ってきたこいつのせいでソファーがぎしりと音を立てた。

「いいなあ〜って思ってたやつ、買えたの! 売り切れちゃってるかなって思ってたんだけど!」
「へえ、良かったな」
「うん!」

 買い物でここまで上機嫌になるんだから、余程欲しかったものらしい。そこまで欲しがってたものがあったかとぼんやり記憶を辿るも、なんにも思い出せ無かった。優柔不断なところがあるからか、色だの形だのあれこれと見比べて俺に意見を求めてくるから、こいつの欲しがってるものは大体知ってるつもりで居たんだが。悩む必要もなく即決だったんだろう。「一目惚れした!」なんて大騒ぎすることもあるから。

「めぐみちゃんも見たい? ねえ見たい? 気になるでしょ?」
「見ていいもんなら」
「もっちろんいいよ!」

「ちょっとまってて!」そう言ってまたソファーから跳ねるようにして玄関の方に小走りで出ていった彼女の背中を見送る。慌ただしいというか、落ち着きがないというか、この騒がしさも出会った頃に比べりゃ慣れたもんだ。初めはうるさいと思っていたはずなのに、今じゃなんとも思わないどころか落ち着きすらする。影響されてる、というか毒されているに近いだろうか。こいつのウザ絡みも悪い気しねえんだから惚れた腫れたは人を変える。

「じゃん! お待たせ!」

 バタバタと家の中を駆け回って再びソファーに飛び乗った恋人はデカい紙袋を両手で抱えて帰ってきた。やや見覚えのある紙袋だな。何が入ってるか見当はつかないが、こいつがこの紙袋を持ってるところは見たことがある気がする。

「何買ったんだ。こんなデカい袋」
「えへへ〜〜〜」

 シールで封をされた紙袋を丁寧に剥がして紙袋の中身を取り出す。ガサガサと袋が擦れる音がして出てきたのはビニールの袋に入った布の塊だった。

「? 服か?」
「うん! そう! こっちはめぐみちゃんの!」
「は?」

 俺の問いかけにはち切れんばかりに笑って両手で俺にそれを差し出してくる。勢いに負かされて反射でそれを受け取ってしまった。

「……俺の?」
「うん! そう! ね、ね、あけてあけて!」
「……」

 若干の嫌な予感が背筋を滑り落ちていく。確率は五分五分。また馬鹿みたいなモン買ってきたか、そうじゃないか。
 渡された物を恐る恐る開けてビニール袋から引っ張り出す。畳まれたそれをゆっくり広げていく。

「……シャツ?」
「うん! そう! お揃い!」

 広げた服を持ち上げて全体を確認する。素材感のしっかりしたデザインTシャツだった。俺が中身を確認したのに合わせて紙袋の中からもう一つビニール袋を取り出す。お揃いと言われたそれは、確かに同じ色をしていた。

「……何でまた、急だな。どうしたんだこれ」
「可愛いでしょ? めぐみちゃん好きそうだなって思って見てたらね、これカップルコーデできるようにってサイズ展開いっぱいあったんだ〜!」
「へえ……」
「今度のデートで着ようね! ね!」

 ビニールの袋から自分の分を引っ張り出して身体にあてて見せたコイツにはやや大きいサイズのシャツ。シャツはオーバーサイズが好きだと言って俺のを勝手に着るような女だから、自分にぴったりなサイズよりいくつか大きいものを選んでるのには驚かなかった。

「せっかくテーマパーク行くんだもん、お揃いがいいなあって思って色々見てたんだ〜!」
「俺に相談する気は一切無かったのかお前」
「うん! だって嫌だって言われたら嫌だもん!」
「……言わねえよ別に」
「え!」

 デカ目のため息を吐いて誤魔化す。クソ、正直嬉しい。あとクソ可愛い。何言ってんだこいつ。素直に喜んでやるのは負けた気がするから呆れたように言葉を返してしまった。俺も大概子供だ。

「え! え! めぐみちゃんもお揃いしたかった!?」
「そういう話はしてねえ」
「お揃い嫌?!」
「……嫌じゃねえ、別に」
「やったー!」

「じゃあ着ようね、絶対着ようね! ね!」なんて俺にごり押ししてくる無邪気な生き物がソファーの上で跳ねて喜ぶ。こいつ、これが買えたことにこんなに上機嫌だったのか? だとしたら一体俺をどうしたいんだよ。どんなレアもんが出てくるのかと思ったら、俺とお揃いの服って。
 身悶えて頭を抱えたところでさらにご機嫌な様子の恋人が俺に向かって飛び込んでくる。こいつ、全体重載せやがって。くそ、可愛いから何にも言えねえ。

「んふふ、楽しみだね。いっぱい写真撮ろうね」
「……そーだな」
「お揃いのカチューシャつけて〜お城の前で写真撮って〜めぐみちゃんにぬいぐるみ買ってもらう!」
「何だそれ許可してねえ」
「めぐみちゃんは優しいから絶対買ってくれるって私知ってる!」

 ぎゅうぎゅう抱きしめられながら、そういや高専時代に「テーマパークでぬいぐるみ買ってくれる彼氏がいい!」とかなんとか言ってたことを思い出した。多分深い意味は無いだろうが、どうせ俺も買い与えてしまう気がする。クソ、完全に絆された。年々こいつに対して甘くなってる気がする。これ以上ぬいぐるみ増やしてどーすんだよ。

「……はあ〜〜〜〜」
「? どうしたの?」
「……別に、なんでもねえ」
「あ、そうそうあのね、サコッシュもお揃いの買ったんだ〜!」

 ずっと行きたがってたテーマパークだ。楽しみにしてることはよく分かっていた。とは言え、俺が思っていたよりも随分はりきっていたらしい。じゃれつきながら楽しげに話すこいつの頭を撫でながら、あとでもう少し調べておこうと思った。



「おい伏黒ォ」
「絡み方が年々ヤクザのそれになってくなお前」
「だぁらっしゃい! アンタ私に土産の一つも寄越さないでどーいうつもりなワケ!」
「アイツから渡されただろーが」
「そういうことじゃないわよ! いい思いしておいて礼のひとつも寄越さないなんてどーいう神経してるわけ!」
「お前に世話になった覚えはない」
「よく言うわよ! デレデレしやがって! こっちは全部見てんのよ!」
「……っち、アイツ写真送んなっつたのに……!」
「ああ!?」
「あーあーあーやめろよこれから任務だってゆーのにさ〜!」

惚れた腫れたに踊らされ
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