「ハハ、湿気た顔してんじゃ〜ん」
「……何してんの、こんなとこで」
「何って、迎えに来てやったんじゃん」

 午後八時四十八分、行き慣れた飲み屋街でばったり出くわした男は相変わらず目立つ身なりでニコニコと笑っていた。

「迎えなんて頼んでないし、そもそもなんで私がここに居るって知ってたの」
「逆に僕に知らないことがあると思ってんの?」
「リクガン様様ってやつ? やだ最低」
「とか言いながら僕のお迎えには乗じるんだからお前って変わんないよね」

 悟の一歩後ろを歩きながら悪態をつく。花金と呼ばれる週末の夜、街は賑やかでご機嫌な人間がフラフラと歩いている。近くのパーキングに車を停めたらしい悟の後ろを歩いてついて行く。何処にでも瞬間移動できるのに車持ってたんだ。初めて知ったんだけど。
 繁華街の通りを一本逸れれば静かな住宅街、その真ん中に黄色い看板を光らせたパーキングがあった。悟はポケットからチャリチャリと音を鳴らして鍵を取り出す。

「その手前の車ね、乗ってていいよ。僕精算してくるから」
「ん、ありがと」

 悟は車のキーをノールックで適当に操作すると無機質な機械音がした。キーレスの車なんて今どき珍しくもないけど、なんか様になってて腹が立つ。
 悟がパーキングの精算機へと足を向け、私は言われた車へと足を伸ばす。乗ってていいって言われたから、まるで乗りなれてるみたいに返事をしたけど私どこに乗ればいいの。助手席? それはちょっと調子に乗りすぎてる気がする。

「? 何してんの、乗りなよ」
「あ、うん」

 助手席に乗るか、後部座席に乗るか悩んで車の前で立ち尽くしていたらあっさり精算を終えたらしい悟が私の後ろに立っていた。悟は不思議そうな声で私に声をかけ前の席を指さした。いいんだ、助手席座って。疑われたりしない?

「シートベルト、ちゃんと締めてね」
「うん」

 悟は甲斐甲斐しくも助手席の扉を開いてくれた。誘われるままにその扉をくぐって助手席に乗り込む。車に乗らない私は車の種類がわからない。けど、悟が使ってるものは全部高級なものな気がする。だって昔からそうだったし。どうせ今日着てるシャツも数十万するやつなんでしょ。だったらこの車はいくらするんだろ。私が一生働いても買えないやつとか? そう思うと乗るのちょっと怖いな。

「……ねえ、乗り込んでおいて今更なんだけど」
「ん?」
「私の家に送ってくれるって話であってるよね?」
「あ〜」
「あ〜、って」

 悟が運転席に腰を下ろしたタイミングでふと気づいて疑問を投げかける。迎えに来たという言葉を素直に家まで送ってくれるという話で飲み込んでいたけど、なんでわざわざ悟が私を家まで送るために車を出したのかさっぱりわからない。今思えば変な話すぎて、一体どこに連れて行かれるのかと改まってしまった。
 悟はシートベルトを締めてエンジンをかける。エンジン音が静かなあたり、やっぱりこの車すごいいい車なんじゃないのかな。

「どこ連れてくつもり? まさかいきなり任務とかじゃないよね?」
「ぶは、任務って! だったら伊地知を寄越すよフツーに」
「じゃあ何……怖いんだけど……」
「ひどいな〜せっかく気晴らしにドライブでも連れてってやろうと思ったのに」

 悟の言葉にぴくりと手が震える。
 なんなの、なんで知ってるの。六眼って、そんなことまで見通せるの?
 胸中をざわつかせる私を他所に悟は遠慮なく車を動かしてハンドルを切る。

「……なんか知ってるでしょ」
「ん〜、まあそうだね」
「……どのくらい」
「八割くらい?」
「ほとんどじゃん」
「まーまーそんな気にすることじゃないでしょ」
「普通に気になるんだけど!」

 何もかも知っててここに来たってわけだ。だとしたら質が悪すぎると思う。お世辞にも性格が良いとは言えない悟がこんな時に限って私のところにわざわざ車を出して迎えに来るなんて、正直なところ優しさなんかじゃないと思う。馬鹿にしにきたんだろうと考える方が容易い。
 悟は車のハンドルを切ってパーキングを後にする。結局私の家に送ってくれるつもりがあるのか無いのか、どこに向かうかの返事は貰ってない。まあもういいや。何年も顔を付き合わせて一緒に仕事をしてるんだし、このままどこに連れてかれたって死にやしないと思う。明日は休みだし、帰宅が何時になったってもうどうでもいい。
 繁華街は眩しく煌めいている。乗りなれない車の窓から眺める外の景色はどいつもこいつも他人事だった。

「……悟、車持ってたんだ」
「まあね、あんま乗らないけど」
「どうせ女の子連れ回してんでしょ〜?」
「人聞き悪くない? 言っとくけど助手席に乗せたのはオマエが初めてだよ」
「……何それ意味わかんない」

 居た堪れない空気感をどうにか揉んで和らげようと茶化すように言ったのに、悟は視線を前方から逸らすことなく淡々と返事をよこした。安全運転どうもありがとう。その真面目な表情に調子が狂って仕方ないや。

「ていうか今日任務だったんじゃないの?」
「そうだけど?」
「そうだけど、って行かなくていーの?」
「爆速で終わらせたんだよ」
「……なんで? 雑魚だったの?」
「雑魚は雑魚だったけど、さっきも言ったじゃん。お前を迎えに来るためだって」
「……何それ。暇人でもそんなことしないよ」

 悟から目を逸らして流れていく景色をぼんやり見つめる。車窓の額縁に切り取られた世界は感傷的な気持ちに浸るのにぴったりだった。隣に座る大男が何を考えているのかイマイチわからない。いっそ笑い飛ばしてくれたら楽なのに。いつもみたいに人のこと小馬鹿にしてその性格の悪さを惜しみなく披露してくれたらいいのに。どうして今日に限ってこいつはらしくもない情けをかけようとしているのだろう。

「私は明日休みだけど、悟明日も任務でしょ」
「そうだよ」
「早く帰って休めばいいのに、どうしちゃったわけ? 風邪でも引いたんじゃない?」
「あのさあ、そうやって躱そうとしたって無駄だって。諦めなよ」

 温度の感じないその声にぴしゃりと私の言葉は跳ね除けられてしまう。
 ずっとそうだった。私は悟の真面目な声が嫌いだった。こんなにふざけたやつなのに、いつも最後に私に向かって打ち返しようのないストレートを投げつけてくる。悟の言っていることが正しいか正しくないかはおいておいて、私は悟の言うことにいつも何も言い返せなくなる。言葉の圧に私は勝てたことが無かった。
 雰囲気に飲まれまいと気丈ぶっていたことを悟は無駄だと言っているんだろう。うるさいな、知ってるよ。でもわかってるなら手加減してよ、知らないフリしてよ。もっと適当に茶化して、バカにして、笑い飛ばしてくれたっていいじゃん。
 どうしてこんな、今になって。

「……あ、雨降ってきた」
「お前ホント変わんないね」
「悟、傘持ってる?」
「都合の悪いことは聞かないフリして誤魔化して」
「あーていうか洗濯物干してきちゃったな」
「ほとぼり冷めて無かったことになるまで逃げ回ってさ」
「ほんと最悪」
「いい加減にしなよ」

 車が信号に捕まる。伸びてきた悟の手が私の顎を掴んで強引に引っ張られる。ウインカーの音が車内に響く。真面目な顔した悟に視界を奪われる。
 もう全部終わりにしたつもりだった。全部時間が解決して、無かったことになれば元に戻れると思ってた。青い春だったと笑い飛ばしてしまえるくらい大人になりたかったんだ。

「……はなして」
「僕の話ちゃんと聞いて」
「悟に関係ないじゃんか」
「関係無かったら僕がここまでする訳ないでしょ」
「今更関わろうとしないでよ」
「絶対ヤダ」

 降り出した雨が視界の端でいよいよ本降りになってきた。きっと家について一番先にやらなきゃならないのは洗濯物の後始末だ。一体いつ家に帰れるかわからないけど。
 悟は信号が変わったのを確認して私を離してまたハンドルを切る。外の景色を眺めるくらいじゃ、もう今ここが何処なのかは分からなかった。

「もうやめなよ。どうせ今回もダメだったんでしょ」
「……別に」
「別にって顔してないじゃん」
「やめてよ、詮索しないで」
「逆にびっくりするよ。こんな短いスパンで男取っかえ引っ変えして、よく見つけられたね」
「だからやめてってば、関係ないでしょ」
「関係あるでしょ。お前まだ僕のこと好きじゃん」

 びくりと肩を揺らしてしまった私の負けだった。偉そうなことを言うこの男に一言馬鹿じゃないのと言ってやれたらまだ勝ち目はあったのに、動揺してしまった私はまた悟に言い負かされてしまうのだろう。
 馬鹿にしないでよ。あんたなんかもう忘れたわ。そう言ってやれたら良かったのに。誰かと会ってどれだけ寝ても、簡単に解けてしまう。
 馬鹿みたいだった。悟にフラれて長い片思いを終えて、自由になってしまったから。傷を埋めるために次の恋を探しては愛とか恋とかわけがわからなくなってしまった。セックスには愛も恋も必要ないなんて、知りたくは無かった。

「女の子なんだからさあ、もっと大事にしな」
「……なにそれ、もう私女の子って歳でもないし、別に普通だよ」
「どんだけ心配したと思ってんの?」
「心配してくれたんだ? 明日は槍でも降るんじゃない?」
「真面目に聞いてって言ったよね」

 悟の言葉に可愛く返事が出来ないのは私のプライドがそれを許さなかったからだった。負け犬にだってプライドはある。平気な風に振舞って強がらなければさらに傷ついてしまうと盾を立てたくなる。惚れた弱みを握られた私にだって、逃げられれば勝ちなんだ。
 まだ長くて青い春だったと笑い飛ばせない私が、悟の誘いに乗ってこの空間を選んでしまったことこそが大きな敗因だった。馬鹿な女だと思う。いつも最後に首を絞めるのは自分の手だった。

「らしくないことしてるって自分でも思ってるでしょ。何が楽しいわけ?」
「うるさい」
「こんなやり方で幸せになれるわけないでしょ」
「もうほっといて」
「僕がお前をほっとけるわけないじゃん」
「もうやめて、お願い、また好きになっちゃう」

 目頭がカッと熱くなって声が震えた。私の隣で悟が息を飲んだ音がした。いつの間にか出されていたワイパーの音が規則的に鳴って、その音に心臓の音が重なる。
 一度口から零れた弱音が私をさらに弱くする。ぶつけられた乱暴な優しさが私を殴ってちっぽなプライドを滅茶苦茶にする。

「もうやめたい。悟のこと好きなの、やめたかったのわたし」

 だから自分から一歩外に出たつもりだった。私なりに変わろうとした。失恋にしがみつかずに、冒険するつもりで自分の考えより世間の普通をなぞってみた。お堅い考えを捨ててしまえば楽になれる気がした。きっともっと私だって自由に楽しめると思ってた。全部無駄だったわけじゃない。少しずつ悟じゃない誰かを知っていくことで、悟が埋もれて忘れざるを得なくなると思っていた。誰でも良かったわけじゃなかった。でもいつの間にか、誰でもよくなっていた。そんな自分は好きになれなかった。
 白状するように悟を突き放す言葉を吐く。これ以上踏み込まないで欲しいと願うようだった。悟はそれに返事をしてくれなかった。かわりに車は道の端に停められて、悟はハザードランプを付けた。
 都合よく停められた車に、ここで降りてやろうと思ってシートベルトに手をかける。私を降ろすために停めたなら、降りろと言われる前に降りたかった。惨めな思いはもう沢山だったから。

「あのさあ」

 シートベルトを外すためにかけた手の手首を掴まれて運転席側に力強く引きずりこまれる。何が起こったかそこからは分からなかった。本当に一瞬のことだった。ぶつかるように合わさった唇がこじ開けられて生ぬるい舌が歯列を這って口内を蹂躙する。舌を絡めとられて唾液で溺れそうになるのを必死に飲んで不安定な体を支えていた手を動かして必死に抵抗する。信じられないのに、今まで誰としたキスよりも身体が火照って心臓が破裂しそうだった。

「っふ、やだ……っ」
「これまで何人に抱かれたの?」
「、なに……? 意味わかんない……!」
「答えて。どこのどいつに何回抱かれた?」
「……そんなの、もう覚えてなんか」
「あっそう」
「っン、う……!」

 大きな手に後頭部を掴まれるように引き寄せられて何度も何度も口付けられる。馬鹿みたいに力が強くて身じろぐこともままならない。混ざった唾液が唇を濡らして耳障りなくらい水音が頭に響く。腰が引けるくらい求められて抵抗の余地もなかった。

「っけほ、くるし……!」
「お前こんな顔するんだ」
「っや、」
「あーあ。はは、嫉妬で狂いそう」

 それからどのくらいキスしてたのか全然わからない。嫌なことをしている時は時間が過ぎるのが遅く感じるし、楽しいことは一瞬で時間がすぎてしまうから。私の体感なんてあてにならなかった。ただひたすら、溺れるみたいにキスをして、少しずつ全部どうでもよくなってきて、抵抗するのも諦めて、まるでキスすることで息をしてるのかと錯覚しそうなくらい、命懸けで縋り付いた。
 脳みそ全部麻痺してしまった。唇が解放された頃にはもう、薄っぺらい強がりも全部剥ぎ取られてボロボロに泣いてる私が居た。

「なんで……? 意味、わかんない……!」
「言葉のまんまだよ。嫉妬で狂いそうだっただけ」
「それが、それがわかんないってば」
「僕が知らないのに、僕の知らない男がお前のこんな顔知ってんのが死ぬほど嫌だって言ってるんだよ」
「なにそれ、なに、? いまさら」
「そうだよ。今更、他のやつらに取られて焦ってやっと取り返しにきたんだよ、わかるでしょ」

 呼吸を整えながら、頭を整理しながら必死になって疑問を投げつけても悟は声一つ荒げもしなかった。

「……私をふったの、悟なのに」
「そうだね」
「今更都合いいこと、言わないでよ」
「やだよ。お前のこと好きだって、お前が僕に気づかせちゃったんだからお前が責任取って」
「勝手なこと言わないで……!」
「僕のこと好きなの、やめないで。お願い」

 泣きじゃくって声を上げる私を悟は抱き寄せた。噎せそうなくらいいい匂いがして、麻痺した脳みそがくらくらする。優しい声があんまりにも甘美に響くから指先まで麻痺してしまいそうだった。

「……お前がまだ僕のこと好きだなんて思っちゃいなかったけど、可能性があるなら付け込ませて」
「……カマかけたの」
「そんな器用なことしてないでしょ。必死になって出てきた言葉がそれだっただけだよ」
「……それじゃあ簡単にボロを出しちゃった私がかっこ悪いじゃん」
「形振り構ってたらまたお前が逃げちゃうでしょ」

 信じられない気持ち半分、悔しい気持ちが少し、言葉にできない気持ちがちょっと。もう何をどう取り繕ったところで、この車に乗ってしまった私が全てだ。悟を忘れようとしていながら、悟に誘われたらまんまと乗ってしまう。ビンタの一発でもかましてやればいい女っぽいのに、抱きしめられたら逃げる気すら失せてしまった。
 私の頬を零れる涙の理由は私にはわからない。嬉しいのか、悔しいのか。もうどっちだっていいけど、確かなことは目の前に居る私の青い春を欲しいがままにした男のせいなんだろう。

「ほんとにありえない、意味わかんないくらい遠回り」
「うん、そうだね」
「馬鹿、ほんと馬鹿。遅すぎる、ほんとに最悪」
「ほんとにね」
「悟のせいでもう私、ボロボロなんだけど」
「うん、ごめん」

 少しばかりの悔しい気持ちが私に悪態をつかせる。全部自分で選んだことだろうに。責められる謂れはないのに私の言葉をあっさりと肯定していく悟に感じる余裕が私をどんどん子供にした。カッコつかない。今更格好つけようとも思っていないせいで大人気ない言葉がずらりと並ぶ。結ばれようとしているのに、可愛くなれないのは薄っぺらいプライドと年齢に見合わないほどの初な女心のせいにしたい。

「でも僕ももうこれ以上ないくらい傷ついたから、おあいこってことで許してよ」
「……傷ついた?」
「そうだよ」
「悟に傷つく心なんかあった?」
「雰囲気台無しにするのやめてよ」
「ごめんちょっと、悟とそういうの慣れない」
「はあ〜〜〜……お前が散々男と寝たの知って、正気で居られたことを褒められたいくらいなんだけど」

 何言ってんの、と言ってやろうとしたけど何を言われてるか理解してしまうと返す言葉に見合わなかった。悟とこういう雰囲気に浸ることが恥ずかしくてわざわざ誤魔化したのに、相も変わらず悟はストレート。いよいよ私の空振り三振。
 らしくもないことに必死になって、勝手に傷まみれになって、子供みたいに愚図って、仲直りも上手くできやしない。長い春の延長戦。一丁前に年齢だけ大人になってしまったせいで、私は目も当てられない過ちを選んだというのに、無様な私にも花は咲くらしい。

「……私って馬鹿だなって思ってたけど、やっぱり悟も大概だよね」
「お前よりは絶対マシだけど、否定は出来ないかもね」
「その自信が超ムカつく」
「僕にフラれてヤケになってる馬鹿さは可愛いと思ってるよ。やり方は最悪だったけど」
「効果覿面じゃん」
「ほんとにね、胸糞悪いからこの話終わりにしていい?」

 思えば最初から全部ヤケクソになって意地になっていただけだったかもしれない。自分で勝手に傷ついて、誰かに助けて貰おうとしていた。若気の至りと呼ぶには些か歳を重ねてしまったけれど、終わりたくても終われなかった痛いくらいに青くて眩しい春が証拠だ。忘れられない初恋が派手な大怪我を伴って逞しく実るのだから、人生何があるかわかったものじゃない。負った傷は取り返しの付かないものだったけど、痛みを知らなきゃ治せないほど馬鹿だったのだから仕方ない。馬鹿だったから、手に入れられたものがあったっていい。多分。

「失って気づく大切なものってやつ?」
「自分で言ってて恥ずかしくない?」
「割と恥ずかしいしくっついてんのもそろそろ恥ずかしい」
「え〜〜〜何照れてんの? かーわい〜〜」
「馬鹿言ってないで離して、それからはやく車出して」
「さっきまでしおらしかったのにお前ホント」
「もー! うるさいなあ、私なりに余韻に浸ってるの!」

 相変わらず外は雨が振り続けていて、こうしてる間にも私たちの側をいくつもの車が過ぎてった。
 悟と脳みそを使わない話をするのが懐かしく感じた。それと同時にこれからはこれまでとは違うのだとどこかふわふわと浮く。
 悟に言われてちゃんと締め直したシートベルトで遊びながら、またハンドルを握った悟を盗み見る。くすぐったくて居心地が悪かった。

 長い春の青さは甚だしいものだった。引きずり回した初恋が傷を伴って芽吹いたのなら、何もかもが勲章だと笑い飛ばしてしまえるほどに、私についた傷全部が青さ故の過ちだ。

「…………、悟」
「なに?」
「……好きだよ、ずっと」

 春を脱ぎ捨てたとて終われなかった。今日ここまでが青い春のすべて。

青い春のすべて
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