※傑が強火のアイドルオタクの話
※かっこいい傑は居ません


「あ〜〜〜〜〜〜」
「傑うるせえ」
「いくら私でもこればかりは神頼みなんだから仕方ないだろ」
「どうせチケット取れなくても関係者席で入んじゃん」
「馬鹿だね悟、自力で取った座席とそうじゃない座席じゃ誠意に差があるだろ」
「言ったな? ぜってー関係者席取んなよ」
「それは出来ない相談だね」
「うぜ〜」

 傑がスマホに向かって頭を抱えてもう三十分。あと三十分もしたら収録があるってのに何やってんだと言いたいとこだけどこうなる事は俺もスタッフも想像ついてた。だっていつものことだし。

「どうせ全通すんなら当落関係ねーじゃん」
「胸を張って全通ですって呟きたいんだよ私は」
「すぐそうやって嫁のファンにマウントとんのやめろよ」
「悟に正しいことを言われると癪だな」
「あ? 喧嘩か?」

 俺の相方には年下の現役アイドルの嫁が居る。事務所が同じで、そいつがデビューする前、オーディションを受けに来た嫁と遭遇。一目惚れ。鳴かず飛ばずの頃から一途に推し続けながら必死にアプローチ。アイドルに恋人が居ちゃ話にならねえと社長にあれこれ言われながらも、周りを笑顔の圧と徹底した策でねじ伏せて結婚にまでこぎ着けたヤバめの男、それが俺の相方夏油傑。あれこれ説明すんのはクソだるいくらい、傑の執着はエグかった。
 正直年下のアイドルに手を出すとか炎上モンじゃん。嫁のアイドル生命に関わるだろと俺も思ってたけど、クソウケることに傑が鬼リアコガチ恋勢ってことは界隈では馬鹿みたいに有名だったせいで荒れに荒れたものの、素直に推し続けてたお陰でそこまで悪いように炎上しなかった。傑は仕事だろうがプライベートだろうが、アイドルを推してることを一切隠さなかった。SNSは常に嫁の呟きを拡散しまくり、新曲が出れば感想を呟いてバズらせ、コンサートでは全会場にフラスタを送り本人も全通。どんな番組でもことある事に推しを語り、「彼女のためなら死ねる」とまで言う始末。こればっかりは俺にもどうすることもできなかった。いっそ清々しいその言動にギャップがウケてたから社長も何にも言わなくなった。ついでに傑は傑が納得できない同担は片っ端からブロックしまくってた。傑にブロックされることを名誉だとか言ってるバカも居た。ドルオタ怖え。
 傑のやべえところはそれに留まらなかった。確実に距離をつめておきながら、交際をすっ飛ばしてプロポーズした。何言ってんのかわかんねーよな。俺もわけわかんなかったわ。傑曰く、「交際を経ていざ結婚したとしたら、あの頃はもう付き合ってたのかとか考えるとファンは傷つくものだからね」らしい。バカじゃねえの。意味わかんねーわ。つーかそのプロポーズを受けた嫁も嫁だろ。

「あと一分」
「やめろそのカウントダウン」
「今回はオーラスが彼女のデビューした日なんだよ」
「その話五万回聞いたわ」
「悟、君はこのツアーの大切さがわからないのか」
「わかりたくねえ〜〜〜〜」

 デカいため息を吐き続ける傑を横目にダイヤが溜まったから適当に十連回す。確定演出が出たのに傑につっこんでたらミスって全スキップした。クソかよつまんねえ。まあ別にもう持ってるプレイヤーだったからいいけど。ガチャ結果をスクショに撮ってアプリを落とす。もうすぐ傑のスマホに通知が入ることに頭痛がした。

「!! 着た」
「うぜーからさっさと見ろ、そんでもって全落ちしろ」
「縁起でもないこと言うもんじゃないよ言霊って知ってるかい」
「うるせ〜〜〜〜〜」

 傑のスマホがマナーモードにも関わらずけたたましくバイブを鳴らす。なかなか鳴り止まないそれは何通ものメール受信を告げていた。届いたメールは恐らく全部がコンサートチケットの当落だろう。慌ててスマホを手に取った傑はまさに血眼になって内容を確認していた。楽屋に居るのは俺と傑だけ。結果がどうであれ俺が傑の相手をしなきゃなんねえのは必然だった。

「……、…………」
「……」
「……、え、……は……?」
「……なんだよどうだったんだよ微妙に気になんだろうが」

 親指でスマホを操作する傑の表情はいまいち読めない。真剣そのものだけど、結果はどうだったのか。当たってても落ちてても俺にとっちゃどうでもいい話だけど、結果が気になんのは誰だってそうだろ。
 目を見開いてただひたすら画面を凝視する傑はまともな言葉を発しない。気になって身を乗り出してスマホを覗いてやった。

「……あ?」
「……、いや……は……嘘だろ……」
「ぶ、ハハハ! 残念ながらご用意できませんでしたあ〜!」

 傑はスマホを手から滑り落として頭を抱え、俺は堪えることもせず大声で笑ってやった。
 スマホの画面に書かれていた文字は「落選」、傑の席は用意されなかったらしい。可哀想にと寄り添ってやってもいいけど正直なところざまあみろという気持ちでいっぱいだった。

「日頃の行いだな」
「悟にだけは言われたくないよ」
「ア?」
「なんっっっでよりにもよってオーラスだけ落選なんだ」
「ンだよオーラスだけかよつまんね〜」

 何全通できて当たり前みたいな顔してんだこいつ。傑は納得がいかないとばかりに机を強く叩く。うるせえ。でもでけえため息を吐いて椅子の上で反り返る姿は実に愉快だった。マジで落ち込んでてウケる。写メ撮っとこ。

「クソ……ありえない……どうして……」
「べっつに他の日程行けんだろ? 落選より当選数のが多いくせに贅沢言うなよ」
「だからオーラスは」
「はいはいデビューした日な聞き飽きたっつてんだろ」

 俺がスマホでカメラのシャッターを切るのと同時に傑はまた机をドンと叩いた。うるせえ。「私がこの世界で一番最初に彼女のことを推した人間なのにこんな結果間違ってる」とかなんとか頭抱えながらブツクサ言い出した傑が相方ながらシンプルにキショかった。お前そういうとこだって。マジで。
 あと十五分そこらで収録だって呼び出されるってのにこんなんで大丈夫かよ。結婚してからコイツ仕事に私情をバリバリ持ち込むようになったからな。ウケてっからいいけど振り回される俺の身にもなれよ。
 撮った写メを適当にSNSに上げる。残念ながらご用意されなかった傑、と一言添えてやれば爆速で拡散されていく。良かったな傑、お前の尊い犠牲は世間に笑いを与えることだろうよ。

「……いや、違うな」
「あ?」
「そう、オーラスはデビューした日なんだよ」
「だからなんだよ」
「私は一つでも多くの席を、一般のファンに譲っただけに過ぎない」
「オイどうした〜? いよいよイッたか〜?」

 傑は何かひらめいたらしくいきなり顔をあげて真面目な顔でなんか言い出した。自分が落選した事実をどうしても認めたくないらしい。なんだこいつ、受け入れろよ。お前は選ばれなかったんだって。
 傑は両手を組んで大事な話をするみたいに肘を着く。どうせまともな話じゃないと聞く前からよくわかった。

「記念すべき日にコンサートができるんだ。彼女だってできるだけたくさんのファンの皆に会いたいに違いない。彼女は優しいからね」
「同担拒否が何言ってんだよ」
「私は彼女の夫だから関係者席を簡単に抑えられる。つまり私が一般席に座ればその分会場に入れないファンが居る」
「なんか都合のいいように掌返しだしたな」
「そう、つまり私は彼女やそのファンのために大事な席を譲ってやったのさ」

 ほら見ろ、やっぱりな。なんの見栄はってんだコイツ。当落なんかシステムが勝手にやってんだからつべこべ言っても仕方ねーだろ。思わず真顔になって傑を見つめる。傑は勝手に納得してうんうん頷いて「彼女の記念すべき日なんだ、盛大に祝ってやらないとね」とかなんとかそれっぽいことを言おうとしてる。その間も俺の呟きは無限に拡散されていた。

「祓ったれ本舗さんスタンバイお願いしま〜す」
「はい、今行きます」
「……」
「ほら悟何してるんだい、早くしな」

 ガチャリと開いた扉からスタッフに呼び出される。傑はいつもの営業スマイルで返して俺に説教じみた言葉をかける。付き合って損した気分だ。俺の機嫌全部傑に吸われた気がする。言いたいことは山ほどあったけど何を言っても無駄だと本能も理性も言っている。ぐっと飲み込んで席を立ち、むしゃくしゃして頭をく。
 収録スタジオに向かうべく横に並んで廊下を歩く。歩きながらスマホを触る傑に思わず「今度は何だよ」と問えば「ん? 彼女に連絡しなきゃならないだろ?」とうさんくせえ爽やかな笑顔を向けられた。ハイハイ関係者席な、いや最初からそうしとけばいーだろ何で俺は毎回この茶番に付き合ってんだよ。

「そういうわけで、言ったおいた通りの日程で私は休むから」
「マジで勘弁して」
「私の代わりに頼んだよ悟」
「やってられっかこんな仕事!」

俺の相方が鬼リアコガチ恋勢な件。
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