※離反してない未来設定
※同棲してる



「えええ〜 傑めちゃくちゃ上手だね……」
「そうかな」

 彼女が私の手元に視線を合わせるようにしてしゃがみこむ。そんな至近距離で見つめられたら少しやりにくくて、笑ってしまった。

「う〜ん? なんで私上手に出来ないんだろ〜」
「ちょっと力みすぎなんじゃない?」

「貸して!」と彼女はすっくと立ち上がって私に向かって両手を差し出す。「ぎゅっと握っちゃだめだよ」と念押しして彼女の掌に優しくそれを乗せた。

「クリスマス、今年はどーする?!」

 キラキラした目で私に聞いてきた彼女の手には、少し前に買ったクリスマス特集と表紙に大きく書かれた雑誌が三冊、それからコンビニや百貨店、ケーキ屋さんで貰ってきたクリスマスケーキのパンフレットが沢山握られていた。どうやら見つけてしまったらしい。まあ、いずれ見せるつもりだったからいいのだけど。
 恋人としての付き合いもそれなりの長さになってきた今、街がクリスマスに向けて色めき出す頃には今年はどうしようかと自然と考えられるようになったのは彼女のせいだ。
 彼女はこういう催事が大好きだ。中でもクリスマスはとくに気合いをいれて予定を立ててきた。彼女曰く「恋人が居るクリスマスは特別だから!」らしい。可愛いことを言うから困ったものだった。
 そんな彼女のために予めあれこれとリサーチしておくのは思ったよりも楽しいもので、彼女が見つけてしまった雑誌には沢山付箋がはみ出ている。勿論私が自分で貼ったものだ。

「君が好きそうな所をピックアップしたつもりなんだけど、気に入ったのはあったかな?」
「えっとね〜!」

 彼女がぱらぱらとページを捲って開いたページに貼られていた付箋にはハートマークが書き込まれていた。大きなクリスマスツリーが載っているそのページを広げて「ここ気になってた!」と満面の笑みで私に見せながらも「それからね〜」と他のページへと軽やかに移っていく。
 ハートマークの書き込まれた付箋が貼られたページを順番に私に見せていく彼女は楽しそうだった。

「私は君が行きたい所で構わないよ」
「いーの?」
「勿論」
「じゃあ〜」

 一通り見終わった後、彼女に決定権を委ねればペラペラとページを再び捲った。

「これ!」

 開かれたページは角が折られていた。「お家クリスマス特集」と書かれたそのページは私が読み飛ばしたページだった。



「ああああ〜〜〜〜〜〜!」
「はは、だから力みすぎなんだよ」
「ええ〜〜〜〜〜?!」

 一緒に暮らし始めて初めてのクリスマス、彼女が選んだのは都内で一番大きいクリスマスツリーを見に行くでもなく、華やかなクリスマスマーケットでもなく、綺麗な夜景を見ながらのディナーでもなく、ようやく住み慣れたマンションで一緒にケーキを作るクリスマスだった。
 彼女の今年のクリスマスへの情熱は例年の比じゃなかった。「やっぱりツリーは必要だよ!」と言った彼女に連れられて買いに行ったツリーは買ったその日からずっと部屋の角で輝いている。食材を買いに出かければ毎回「クリスマス何作る!?」とその日の夕飯そっちのけで献立を考え出すし、店頭に並び出したクリスマスパーティー向けの雑貨にはもれなく釘付けで新しく食器を買い揃えたほどだった。
 運良くクリスマス当日たまたま非番だった私と、任務が入っていた彼女がこうして予定通り二人でクリスマスを過ごしているのには恐らく悟が一枚噛んでいるのだろう。一昨日、帰って来るやいなやバタバタとリビングに駆け込んできた彼女は、鼻を真っ赤にして肩で息をしながら「じゃんけん!勝った!」と右手を高らかに掲げた。きっと今日、悟は任務だ。彼女はじゃんけんに勝ったと言っていたが、悟が負けてやってくれたんだろう。私の親友はあれでいて気が利くから。

「だめだ! このままじゃ大変なことになる! 傑パス!」
「はいはい」
「私はイチゴ係に転職する!」

 今日という日の献立をずっと悩んでいたにも関わらず、一緒に作ろうと決めたクリスマスケーキは悩むことなくショートケーキだった。生クリームがまだたっぷり入ったクリーム絞りを私に返した彼女はボウルに入ったつやつやのイチゴを大事そうに抱えた。朝から作り出してようやくデコレーションまで進んだクリスマスケーキは少し不格好なクリームが並ぶ。彼女はそれを隠すようにイチゴを上から乗せた。
 そんな彼女が可愛くて、微笑ましくて少し笑ってしまった。気を取り直してもう一度クリームを絞れば彼女が「傑もしかしてコソ練したな!?」なんて言ってくるから「君に美味しいケーキを食べて欲しかったからね」と冗談を言い返せば、彼女はきゅっと顔を歪めて「結婚しよ……」と言いながら手元のイチゴを一つ口に放り込んだ。

「けど、良かったのかい? 本当にデートじゃなくて」
「ん〜?」
「せっかくどうにか休みにしたっていうのに」

 ケーキにクリームを乗せていけば彼女が優しくイチゴを添えていく。その手はどこか震えていて緊張しているのがよくわかった。

「なんで? 傑たのしくない?」
「まさか、すごく楽しいけど良かったのかなって」
「だってせっかく、やっと一緒のお家に住めたのにお外に行くの勿体ないじゃん」

 彼女の言葉にクリームを絞る手が止まる。

「……えー、っと……」
「あ! ちょっとイチゴ押し込みすぎちゃった! どうしよ傑!」

 彼女は昔悟と一緒になって悪さをした後、先生に見つかった時と同じ顔で私を見る。
 彼女は楽しいことが大好きだ。任務の後も必ずどこかへ寄り道したし、春はお花見、夏は花火、秋は焼き芋、冬はクリスマスパーティーと学生だった頃から季節を余すことなく楽しんできたし、恋人になって呪術師になって大人になった今も都合のつく限りデートに行った。彼女と居たら一生退屈することはないだろうと思うくらい、彼女は行きたいこともやりたい事もたくさんある女の子だった。

「……外に行くのが勿体ないなんて、君の口から聞く日がくるとは」
「なんで?」
「君はデートが大好きだからね」
「デートは確かに楽しいけど、傑が好きだからデートが好きなんだよ〜 だから今年は傑独り占めクリスマスなの」

「ねえ〜これ救出不可能だよね?」と彼女が生クリームに沈めてしまったイチゴをつつく。彼女の言葉に思わず力が入ってクリームが絞り口から勢いよく飛び出してしまった。彼女は崩れた生クリームを見て悲鳴をあげた。
 私が好きだからデートが好きだなんて、彼女のために色んなリサーチしていたはずが最終的に私が喜んでしまう事になるとは。
 どんな催事よりも私と暮らすこのマンションがいいなんて、随分と可愛いことを言ってくれるものだ。その自覚はきっと彼女には一切ないんだろうけど。

「……クリスマス、一緒に過ごせて嬉しいよ」
「えー? なに急に、私も嬉しいけど!」
「いや、なんか幸せ感じちゃってね」
「ほんと? 傑楽し?」
「うん、楽しいね。すごく。」
「あとでプレゼント交換しようね!」
「ふふ、楽しみだね」

 彼女は上機嫌でジングルベルを歌いながらまたひとつイチゴを口に放り込んだ。
 そうやって彼女がつまみ食いを繰り返し出来上がったすこし不格好なクリスマスケーキは、その夜のうちに贅沢にもホールのまま私達二人につつかれて綺麗に平らげられてしまった。
 明くる日悟に「クリスマスどうだった?」と聞かれて素直に答えたら「傑ママはクリスマスも子守りだったワケ?」なんて煽られた。仕方ないから「任務でクリぼっちの悟のためにケーキを残して置くべきだったかな?」と煽り返したら大喧嘩になったのは言うまでもない。

ジングルベルラプソディー
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