※夢本「世界一、首ったけ。」の結婚する前のお話
※これだけでも大丈夫


 デートの日は必ず悟くんが迎えに来る。彼はもういい大人の私に向かって「電車に一人で絶対乗らないで。ていうか電車乗らないで」なんて言う。おかしくて少し笑っちゃう、私ずっと電車通学だったから電車には慣れてるし、迷子になんてなった事もないのにな。私はそんな心配性な悟くんが大好きだった。
 悟くんの誕生日が終わってもうすぐクリスマス。どちらに合わせたわけでもないけど、悟くんがお休みだから今日はデートしようと決めた日曜日。冬のデートは大好き。だって多分、一年で一番女の子が可愛く見える季節だと思うから。オシャレが楽しい季節だから。
 スマホの通知を開けば悟くんから「もうすぐつくよ」と簡単な一言。まだ開いたままになっていたカバンを閉めて引っ掴んで、玄関の姿見を急ぎ足で覗く。前髪を整えて、目尻に引いたアイラインを確認して、新しく買ったリップをもう一度馴染ませるように上下の唇を合わせた。最後にスカートを揺らして今日の自分をチェックする。よし、大丈夫。
 悟くんはとってもかっこいい人だから、可愛くなりたいと思うのは必然だった。悟くんを想ってするオシャレはいつも楽しかった。
 玄関に出して置いたパンプスを履いて「行ってきます」と奥の部屋に居るお母さんに声をかける。お母さんは「五条くんによろしくね」と大きな声で返事した。
 家族で住むマンションの部屋からエレベーターで下へ降りていく。もう悟くんは着いてるだろうか。何度デートしてもいつもここでそわそわする。毎日が初恋みたいだった。

「悟くん!」

 マンションのエントランスを抜ければいつもの所に悟くんの車が見えて、そのすぐ傍にはこの間お誕生日プレゼントに渡したマフラーを巻いた悟くんが寒いのにわざわざ車に凭れかかって立っていた。悟くん目掛けて駆け寄れば、私に気づいた悟くんは軽く手を振って「走ると危ないよ」と笑った。

「あちゃ〜〜〜今日も随分可愛いね? も〜あんまり可愛い格好されるとデート中気が気じゃないんだけどな〜」
「悟くんの彼女って分かるようにオシャレしてるんだよ」
「はいまたすぐ可愛いこと言う〜! 僕の負け!」

 二人でくすくす笑いながら悟くんのマフラーを整えるために手を伸ばす。

「似合うでしょ?」
「うん、気に入ってくれた?」
「当たり前じゃん、世界中に自慢してやりたいよ」

 悟くんがそう言って私のおでこにキスをする。恥ずかしくて慌てて離れておでこを隠せば「なに、可愛すぎない?」なんて悟くんは笑ってた。



「ごめんね、お化粧直しに行ってきてもいい?」
「うん大丈夫、ここに居るね」

 悟くんとずっと行こうねと約束していたスイーツビュッフェを堪能して、近くでやってるイルミネーションでも見に行こうかと席を立てば当たり前のように悟くんが私のお会計まで済ませてしまったものだから軽く言い合いになったものの、今日も悟くんは一円も私に使わせてはくれなかった。次は絶対私が払うからねと何度言っても未だに一度もその約束は果たされてないままだった。
 お店を出れば外には色んな人が居て、繁華街独特の賑やかさに包まれる。見渡して目に入るお店はどこもかしこもクリスマスを掲げていて、どのお店も色んな人で賑わっている。きっとこの中にも私たちと同じようにこれからイルミネーションを見に行く人が居るんだろうな。私はテレビで見たイルミネーションの特集をぼんやり思い出して胸を踊らせつつ、悟くんに声をかけて移動する前に御手洗いに行った。「混んでると思うし待たせちゃうかも」と一言先に謝れば「気にしなくていいよ」と悟くんは私の頭を撫でた。

「他の女の人についてっちゃダメだよ!」
「はあ〜? 何それ可愛い……ちゃんとお利口さんにしてるね?」

 すぐ女の人に声をかけられちゃう恋人を持つと大変だ。まあ、悟くんが他の人の相手をしてる所なんか見たことはないけれど。


「ごめんねお待た、せ……?」
「あ、おかえり〜 やっぱりそのリップ可愛いね、似合ってる」
「う、うん……ありがとう……あの、悟くん?」

 丁寧に塗り直したリップを真っ先に褒めてくれた悟くんの手には大きな大きなテディベアが抱かれていて、思わず二度見してしまった。じっとそのテディベアを見つめていたら悟くんが「ああ、コレね」と今更気づいたように言う。

「はいどーぞ」
「えっ、え? え?」

 差し出されたテディベアをわけも分からずに受け取る。掌に触れた柔らかい毛並みが気持ちいい。こんな大きなテディベア抱いたこともない。両腕にどうにかおさまるサイズのそれは首元に可愛くリボンがあしらわれていた。

「ふふ、君を待ってたらなんか目が合っちゃってさ〜 そしたら君にぴったりだな〜って思っちゃって」

「可愛いでしょ、君には負けるけど」なんて言いながら笑う悟くんについていけず、瞬きを繰り返してテディベアをただ見つめた。

「……か、かわいい……」
「気に入った? 君が持つと可愛さ百倍増しだね?」
「ま、まってまってこんな、受け取れないよ……!」
「はいはいいーからいーから。さ、イルミネーション行こ!」
「え、ええ……!」

 悟くんが私の荷物をひょいと奪って私の腰を抱く。私の腕には依然として大きなテディベアがおさまっていて、通りゆく人皆が私たちを見ていた。

「悟くんってば……!」
「んー?」
「んー、じゃなくって!」
「だって君かわいーんだもん。かわいーもの持たせたくなるのは仕方なく無い?」
「また意味わかんないこと言う……!」

 悟くんに連れられるまま人混みを歩く。テディベアのせいか、それとも何もしてなくても立ってるだけで目立つ悟くんのせいか、私たちを周りの人皆が避けて歩いてくれているようだった。

「絶対めちゃくちゃ目立ってるよ〜!」
「あはは、いいじゃん見せつけておこうよ」

 恥ずかしくなって思わずテディベアに顔を埋める。これを持ってイルミネーションなんか見に行ったらきっともっと目立ってしまう。とは言えどこかに置き去りにするなんて出来ないし、とてもじゃないけどカバンに入るサイズじゃない。選択肢なんか最初からない。もう開き直ってこの子を抱いて歩くしかないのだ。

「も〜! 嬉しいけど! 困っちゃうからこういうのは無し!」
「それはできない約束だな〜」
「悟くん!」
「いーじゃん、だって君こんなに可愛いんだよ?」

 悟くんがぐっと私の肩を寄せる。身体が密着して至近距離で視線が合えば、悟くんはわざわざ掛けていたサングラスをずらして私を見つめた。

「僕の恋人が世界一可愛いって、世界中に教えてやんなきゃ。ね?」

 そんなのなんの理由にもなってないのに、可愛いなんて言葉に簡単に絆されて、ぐっと黙るしか出来なくなる私を知っていて、こうやっていつも悟くんは私を甘やかすんだ。
 わかってないなあ、私が可愛いんじゃなくて、悟くんが私を可愛くさせてしまうのに。
 結局今日も悟くんの押しの強さに勝つことはできず、私はテディベアを持ったままデートを楽しむことになった。その後、悟くんがデートの度にぬいぐるみをプレゼントだと抱いてくるようになったのは別の話。

世界一、首ったけ。#0-2
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